葉山の初仕事
「…うぅ、くそ…まだ頭がフラフラする…」
葉山はやっとの思いでベッドから起き上がり、ふらつく足元に気を付けながら顔を洗って身支度を済ませる。不慣れな環境で多少の戸惑いは有ったが食堂で簡単に朝食を摂り、気を取り直すと施設内を新しい職場に向かって歩き出した。施設は清掃ドローンが定期的に巡回し、目立つゴミ一つ落ちていない。そんな殺風景な廊下を進み、簡素なドアを開けて職場に入った。
「おはようございます」
「…ああ、おはよう。今日からそこのスペースが君のテリトリーだ。整理整頓して綺麗に使ってくれ」
自分の持ち場へとやって来た葉山は、上司に挨拶して着席した。まだ頭がふらつき、こんな調子で初日からどうしたものかとは思うものの、仕事は仕事である。その為にわざわざオールド・トーキョー砂漠までやって来たのだ。
持ち場と言っても、そこは平凡なオフィスである。事務的な作業用のテーブルとモニター、そしてネット環境下の作業を円滑に進める為に必要な機材は整っているが、それ以外は何も無い。その内に必要な物を揃えるかと思いながら出勤コードをタップする。それから椅子を引いて腰掛けた後、与えられたパスワードを提示しながらネットの中に身を浸す。ただそれだけで彼の仕事は始まった。
先行してオールド・トーキョーに侵行していたルールーとダンカンを自動追尾ドローンと無人運搬車両が追走し、無人運搬車両に搭載された大型中継器を介して回線が維持されていた。途中の道筋に通信の命綱として小型中継器が散布され、それらが彼等と葉山を繋いでいる。
葉山が現状を確認する為に通信回線に接続すると…ザッ、と濁った雑音が短く弾け、直ぐにクリアになると人の声が割り込んで来た。
【…ルールー！ 前に出過ぎなんだよ！】
【うっせぇっ！！ ザコを蹴散らすのに出過ぎもくそもあるか！！】
先ず、一番最初に飛び込んで来たのは、例の二人が暴徒鎮圧用重装で戦う様子だった。
…チーッ、と甲高い音を立てて宙を舞うドローン達を引き連れながら、ルールーが前に出る。その姿は通常義体の二倍以上に膨らみ、彼女の頭以外は丸みを帯びた艶消し黒の外骨格に覆われていた。
「おらおらおらおらぁっ！！ クソ袋共がああぁーーッ！！」
雄叫びと共に抱えた12.7ミリ電磁ライフルを腰だめにし、トリガーを引き続ける。銃口から大気を切り裂いて大口径弾頭が飛び、目標を粉微塵に砕きながら更に奥へと死を振り撒いていく。
「ルールーッ！！ 引っ込めっての！！ 同士射ちしちまうだろ！？」
同じ兵装のダンカンも叫びながら、同口径ガトリングガンを構えて掃射する。甲高い駆動音と共にオレンジ色の尾を引きながら、真っ赤に焼けた銃弾が噴水のように伸び、射線上に存在する物を粉々に打ち砕いていった。
ルールーの電磁ライフルは貫通力と飛距離に優れ、ダンカンのガトリングガンは夥しい弾数が生み出す制圧力で圧倒し続ける。そして僅か数分で銃弾のシャワーと電磁ライフルの圧倒的な威力を誇示した二人は、知覚出来る範囲から粗方動く者が消え失せた後、構えていた銃口をゆっくりと下げた。
「よぉし、こんなもんか…」
腰だめに構えていた電磁ライフルを抱え上げ、銃身から陽炎を揺らめかせながらルールーが呟くと、それまで状況を見ているだけだった葉山に向かって声を掛けた。
【おい、ハヤマ！！ 早速お仕事だぜ？ 転がってるクソ共をドローンでかき集めてくれ！】
呼ばれて漸く自分の出番かと気分を入れ替え、葉山は彼等の後方で待機していた作業用ドローンを操作し、彼女の前へと動かしていく。
作業用ドローンのカメラを介して見える光景は、頭や胸を失って血を流し絶命しているゴブリン達だった。徹底的な銃撃を受けて即死の者も居れば、まだ死にきれず切れ切れに呻き声をあげている者も居る。そんな彼等を作業用ドローンがブルトーザ型のアームでかき集め、無人運搬車両の荷台へと載せていく。
荷台からボタボタと血を滴らせながら、運搬車両が元来た方向へ走り出すと、銃身から空になった弾倉を外して交換し終えたルールーが歩き出す。
「なあ、ダンカン！ お前、食堂のねーちゃんに色目使ってるって？」
「ああ！？ お前どこでそんな事聞いたんだよ！」
「本人からに決まってるだろぉ！！ ねーちゃん、すげぇ困ってたぜぇ！？」
つい先刻まで、血生臭い殺戮を繰り広げていたにも関わらず、二人は呑気にそんな世間話に花を咲かせながら、のたくる木々に飲み込まれたオールド・トーキョーの廃墟を進んでいく。
二人がゴブリン達を蹂躙しながら進んでいる場所は、旧日本の繁華街跡。今は樹海の中に埋もれ、往時の面影は殆ど見られない。もし旧日本で生活していた者が見れば、きっとその変貌振りに言葉を失うだろう。
「なあ、ハヤマ。あんた日本人だろ？ あれ読めるか？」
不意にダンカンが軒先に下がる看板を指差し、葉山に尋ねる。
「今ならマトリクス経由で意味も判りますが、そうじゃないと読めませんよ」
「何だよそれ、お前ホントに日本人かよ？」
ルールーが混ぜっ返すが葉山は平然としたまま、
「両親は日本人ですが、自分が生まれた時は既に首都機能消失してましたからね。アジア共用語を覚えた方が就職も楽ですし…」
そう説明した後、その看板は【刃物屋】って意味ですと付け加えた。
「…ふぅん、確かに刃物屋だったんだな。ショーケースに錆び包丁が並んでらぁ」
ルールーが中を覗くと、彼女の言う通りガラス越しに黒と赤茶の斑に染まった大小の刃物が転がっていた。しかし何者かがガラスを割って盗み取ったらしく、砕けた破片が飛び散ったケース内は空白部分が目立つ。
「…おいルールー、ゴブリンが隠れてるぜ？」
背後からダンカンが声を掛け、同時に彼女を支援する為に狭い空間に適したショットガンに持ち替える。無論、既にルールーも電磁ライフルから近接兵器に換装している。そして回転チェーンの刃を回し、動作を確認してから彼女は答えた。
「…んぁ？ 知ってるさぁ、そんなの…でも、直ぐヤッちまったら面白くねぇ。それにこいつら…」
そこまで言うと前に向かって腕を伸ばし、跪くゴブリンの一人が差し出す何かを指差した。
「…私らにあれで、命乞いするつもりらしいぜ？」
