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24時間営業の眼鏡屋

作者: 阿部凌大

 山奥の田舎にあるだけでも珍しいというのに、その眼鏡屋は24時間営業だった。思えば僕の小さい頃からその眼鏡屋は営業していて、お客さんなんて時々老眼鏡を買いにおじいさんが入るぐらいで、よく潰れないものだと不思議だった。それにやっぱり24時間営業だなんて変だ。夜中にわざわざ眼鏡屋さんに行く人なんているわけが無い。

 僕はこの田舎があまり好きでは無かった。高校を卒業したらいつか上京して都会で生活することを夢見ていて、そのためにはお金が必要だったから、その眼鏡屋さんの入り口に貼られていたバイト募集にはすぐに飛びついた。


「五十嵐君は高校生だっけ?いやぁ俺も結構歳でさ、一人で切り盛りするのも大変だったから助かるよ」


 眼鏡屋の主人はまだまだ若そうに見えたけど、僕が思っていたよりも歳を取っていたらしい。それに感謝するのは僕の方だ。お客さんなんてまともに来ないお店だ、バイトだって楽ちんに決まっている。


「夜勤とかもお願いできたりする?俺の手伝いをしてくれればいいんだけど、バイト代も弾むからさ」

「はい、もちろんです」


 そして案の定昼間のバイトは楽ちんだった。特に何をするわけでもなく、店番と称して座っているだけでいい。その間主人は奥の座敷でぐうぐうと眠っていて、もしもお客さんが来たら起こして、後は全部主人にやってもらえばいいのだ。高校生の僕にとって、貴重な土日が潰れてしまうことになるけれど、楽な上に時給も良かったから全く嫌じゃなかった。

 夜が更け深夜にさしかかると、主人は寝るのをやめて店に立っていた。そんなことをしたってお客さんは来るはずないのに。僕もさすがに眠くなってきたけれど、一応バイト中である以上寝るわけにはいかない。

 その時店の扉がガラガラと音を立てて開いた。まさかと思って見てみると、僕は完全に目を覚ましてしまった。扉から入ってきたお客さんには片眼が無かった。というか顔の中心に、大きな目玉が一つあるだけだった。


「お、一つ目さん、いらっしゃい」

「こんにちは」


 声を失う僕をよそに、主人は淡々と会話を進めていく。見間違いかと目をこすってみたけれど、何度見てもそのお客さんには目が一つしかない。


「あれ、新人さん?」

「そう、最近バイトで入ってくれたんだ」

「へえ、どうもはじめまして」


 お客さんは大きな目玉を見開き、僕を見ていた。僕はやっぱり上手く声が出なかったけど、なんとか言葉を発した。


「どう、いう、ことですか?」

「どういうことも何も、この人は一つ目さんって言ってね、常連さんだよ」

「一つ目です。よろしく」


 その時僕が思い出したのは、子供の頃見た妖怪図鑑だった。確かにあの本の中には一つ目小僧と呼ばれる一つ目の妖怪が載っていた。けどまさか本当に存在するなんて。


「あの、本物ですか?」

「一つ目さんのこと?本物に決まってるじゃないか。ちゃんと目の前にいるだろう?」


 僕はまだ整理がつかない。つくわけがない。なにしろ目の前に妖怪がいるのだ。僕はこれからどうなってしまうのだろう、食べられてしまうのか、そうだ、きっと食べられてしまうのだ。そしてまた一つ目は口を開いた。


「もしかして、僕みたいな妖怪を見るのが初めてなんじゃないかな?だからそんなに驚いてるんでしょ?」

「あれ、そうだったの。てっきり慣れてるかなって思ってたよ」

 

 この瞬間はっきりしたのは、この主人は頭がおかしいということだ。見たことあるわけが無いだろう。妖怪だぞ。けれどどうやら一つ目さんが僕に気を使ってくれているのは確かで、僕に対する柔らかな物腰や話し方でそれを感じ取ることが出来た。おそらく食べられてしまうことは無いだろう。


「説明してなかったかもしれないんだけどさ、この店は主に妖怪相手に商売をしててね。それで昼間は暇してるから、ついでに村の人相手にも店開けてるんだよ」

「妖怪相手に、何をするんですか?」

「そりゃあ眼鏡を売るんだよ。うち眼鏡屋だもん」

「目悪い妖怪なんていないでしょ」

「妖怪だって視力ぐらい落ちるさ、何言ってるの」


 何言ってるのはこっちのセリフだ。しかしようやく落ち着き始めてきた。とにかくこの店はお客さんとして妖怪が

来るのだ。だから24時間営業をしていたということか。


「とりあえず五十嵐君さ、一つ目さんの視力測ってくれる?」

「はい?」


 僕は一つ目さんの視力測定を言いつけられてしまった。けれどあくまでも僕は雇われの身だ。主人の言うことには従わなければいけない。

 視力測定用の表の前に、ひとまず立ってもらった。測定方法はおそらく人間と同じようにすればいいのだろう。


「えっと、まずこのスプーンみたいな黒い棒使って、片目を隠してもらっていいですか?…あ、」

「それは僕には要らないみたいだね」


 そうだ一つ目さんにこの道具は必要ないのだ。一つ目さんは僕のミスが面白かったらしく、ケラケラと笑っていた。


「では気を取り直しまして。そのままで結構ですので、視力の方を測っていきたいと思います」

「よろしくお願いします」


 あとは人間相手の測定と変わりなかった。右目左目を入れ替える必要が無いので、測定自体はあっという間に終わってしまった。


「うん、やっぱりちょっと落ちたみたいだね」


 主人は結果を見るとそうつぶやき、どこかから小さな細長い箱をいくつか出してきた。開けると中には眼鏡のフレームが入っていて、それはどれもレンズが入る部分が一つしかなかった。


「一つ目さん用のフレームはこんな感じかな」

「やっぱこの丸いやつがいいですかね?」

「うーん、確かに普通でいいけど、こっちの四角い方なんてどう?ちょっと頭良さそうに見えるけど」

「どうだろう僕に似合うかな」


 二人は相談しながらフレーム選びを進めていく。普通の眼鏡を見てきた僕にとって、一つ目さん用の眼鏡はどれもへんてこな形に見えるけど、実際にかけている姿を見ると意外とどれもよく似合っていてしっくりくる。


「僕はその四角くて茶色いやつが一番似合ってると思います」


 試着を続ける一つ目さんを見ていると、ふとそんなことを言ってしまった。それを聞いた一つ目さんは僕が勧めた眼鏡をもう一度かけて鏡をのぞくと、にっこりと笑った。


「新人さんがそう言うならこれにしようかな」


一つ目さんが帰った後も、僕はしばらくぼんやりとしてしまっていた。さっきまでの光景は、まるで夢でも見たかのようで、完全に信じ切ることは出来なかった。

 けれどその後もお客さんは次々にやって来た。河童にろくろ首、小豆洗い、天狗など、どれも妖怪図鑑で見たことのあるものばかりである。目の前で動く彼らは正直かなり怖い。けれど話してみるとみんな優しく、僕に危害を与えようなんて気はさらさら無かった。そしてどの妖怪も新しい眼鏡をかけて店を出ていく顔はどれも嬉しそうだった。


 休憩時間、僕は主人に訊ねた。


「これって夢とかじゃないですよね?」

「夢だったら五十嵐君働き損だよね、バイト代もらえなくなっちゃうもんね」


 やはりこの主人はズレている。そういうことではないのだ。


「なんでこのお店を始めたんですか?」

「だって妖怪相手の眼鏡屋さんなんて無いでしょ?意外にみんな困ってたと思うんだよね、人間に比べて寿命とか長いのに、目が悪くなったらさ。うちから出ていくお客さんみんな笑顔でしょ?あれ見るとやっぱ辞められないよね」


 主人は変な人だけど、悪い人ではない。慣れというのは怖いもので、僕は毎週金曜と土曜の夜中に店を手伝った。


 僕がやるのは主に視力検査だ。基本的に妖怪はみんな人間と同じ二つの目なので苦労は無い。だけど一番大変だったのは、百目さんという妖怪がやってきた時だ。百目さんはその名の通り体中に目が百個も付いている。だから視力検査では他のお客さんの50倍の時間がかかってしまうことになる。それに百目さんは人間で言うウィンクが出来ない人と同じように、一つの目だけを開けたまま他の目を閉じるということが出来なかったので、視力測定の際には一つを除いた全ての目をテープを使って閉じさせなければいけなかった。

 だけど百目さんはとても心優しくて、視力測定中はずっと「ごめんね、ごめんね」と言っていた。僕が「気にすることは無いですよ。」と言うと、「ありがとう、ありがとう」と言った。そして帰る時にはおせんべいをくれた。

 百目さんの眼鏡はレンズが百枚も入るわけだから、ものすごい複雑な形を特注で作ることになる。それは主人が色んな眼鏡を溶接して組み合わせ、最終的にどこかの前衛芸術作品みたいになった。

 受け渡しの日、出来上がった眼鏡をかけると百目さんは、その全ての目から涙を流し、そして笑った。帰るまでずっと「ありがとう、ありがとう」と言っていた。帰り際にまたおせんべいをくれた。


 一度お店の中で鬼の兄弟が大喧嘩を始めたことがあった。きっかけは一つしかない眼鏡のフレームを巡った些細なことだった。だけど両方とも文字通り鬼の形相で、いつしか取っ組み合いへと発展し、僕はおろおろとただ見ていることしか出来なかった。下手に手を出したらどうなるか分からない。

 すると奥から戻ってきた主人は、これまでに聞いたことも無いような低く、重たい声で一言、「おい、いい加減にしねえか。」と言い放った。その声は店の中を一瞬で冷たく、静かな空気へと変えてしまった。鬼たちもさっきまでの様子が嘘のように、主人におびえ、さっきまで取り合っていたフレームを互いに譲り合っている。


「そんなに気にいったなら、少し時間はかかるけどまた取り寄せるよ」


 主人は一体何者なのだろう。すぐにでも知りたいけど、聞いてもきっと適当にはぐらかされる気がする。

 だけどいいのだ。僕がこの店に居る以上、そんなことを聞くチャンスはいくらでもあるのだから。

 

 今日も僕は店に立っていて、主人は奥でいびきをかいている。


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