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当て馬

「それまで! 勝者、クロエ君!」


 なんと、優勝したのはクロエ令嬢だった。


「意外、でしたね……」


 メルザが、ポツリ、と呟く。

 決勝戦は図らずも、シモン王子とクロエ令嬢の対決となった。


 だから、先程の予想どおりクロエ令嬢が勝ちを譲ると思った。

 でも、結果は見てのとおり、シモン王子はクロエ令嬢の変幻自在の攻撃に翻弄されて防戦一方となり、最後は背後を突かれて試合終了となった。


 そう……表向きは(・・・・)


「ヒュー……」

「……行ってきます」


 木剣を手に取り、僕はモニカ教授とクロエ令嬢の元へと向かう。

 今度は、僕とクロエ令嬢の試合だ。


「ふむ……くれぐれも言っておく。やり過ぎ(・・・・)ないように(・・・・・)


 モニカ教授が僕とクロエ令嬢に釘を刺すが、これは僕に向けられたものだろう。

 おそらく、僕の雰囲気を悟って。


「クロエ! 頑張るのだ!」


 シモン王子が笑顔で声援を送る。

 一方、第二皇子をはじめ他の生徒達は声援を送ることなく、ただ静かに見守っていた。

 それは、メルザも同じで。


 まあ……生徒達は僕の実力を知っているし、メルザにおいては僕の勝ちを一切疑っていないからね。勝利して当然だと考えているわけだ。


 ただ……僕は少しだけ怒っている。

 目の前のクロエ令嬢に対してではなく、シモン王子に。


 だから、クロエ令嬢には申し訳ないけど、少し心を折らせてもらうことにしよう。


「では……始め!」


 モニカ教授の試合開始の合図と共に、クロエ令嬢が剣を構えてステップを踏み始めた。


 だけど。


「っ!?」


 開始して数秒。

 彼女の変則的な動きをものともせず、僕は剣の切っ先をその細い首元に突き付けた。


 でも、僕は剣をすぐに引っ込める。


「さあ、続きを」

「っ!」


 クロエ令嬢は一気に距離を取り、体制を立て直す。

 トリッキーな動きが信条のクロエ令嬢だ。接近してしまうと捉えられると踏んだんだろう。


 甘いけどね。


「っ!?」

「もう一度」


 僕は、何度も距離を取ろうとするクロエ令嬢に一瞬で詰め寄り、その度に剣の切っ先を突き付けては引っ込める。

 彼女の心が折れるまで、何度も。


 すると。


「……もういいだろう。この勝負、ヒューゴ君の勝ちだ」


 これ以上はまずいと思ったのだろう。モニカ教授が、僕の勝ちを告げた。

 その判断は正しいと思う。


 何故なら、クロエ令嬢は全ての手段をことごとく僕に潰され、一切何もできないまま繰り返し差を見せつけられ続けたせいで、試合が終了した途端、呆然とした表情でへたり込んでしまったから。


「……クロエ殿。それで、僕の実力は測れましたか?」

「っ!?」


 図星を突かれ、我に返ったクロエ令嬢は息を飲んだ。

 そう……シモン王子はこの僕を試すために、従者であるクロエ令嬢を当て馬にしたんだ。


 (きびす)を返し、僕はメルザの元へと帰る。


 その途中。


「……僕の実力が知りたいなら、今度からは自分で試すのですね」

「……フフ」


 僕は低い声で静かにそう告げると、シモン王子は乾いた笑みを浮かべた。


「ヒュー、お疲れ様です」

「メルザ……ありがとうございます。ですが、あなたに捧げられるに相応しいような、勝利ではありませんでした……」


 労いの言葉をかけてくれるメルザに、僕は(ひざまず)きながらそう告げた。


「いいえ、あなたは確かにその武を示してくださいました。この私を何人(なんびと)からも守るための、その武を」


 そう言うと、メルザがニコリ、と微笑んだ。


 ◇


「ふふ! ですが、やはりヒューは強いですね!」


 学院の一日の授業が終わり、帰りの馬車の中でメルザが終始ご機嫌である。

 だけど、僕の実力は元々知っているのに、どうして今日に限ってこんなに嬉しそうなんだろう……。


「あはは……僕は大公殿下に鍛えてもらっていますし、何よりメルザの騎士なのですから、あなたが言ってくださったように負ける要素は一つもありませんので」


 そうとも。僕にはメルザを守る騎士との確固たる想いが、意志が……誓いがある。

 たとえ授業中の試合であったとしても、メルザの眼前で敗れるなんてあり得ない。


 そもそも、覚悟が違うのだから。


「ですが、メルザがそこまで嬉しそうにしている姿を見ますと、その理由を尋ねたくなってしまいます」

「あう……そ、それは……」


 するとメルザの真紅の瞳が泳ぎ、視線を逸らされてしまった。


「ええと……メルザ?」

「うう……だ、だってクロエ令嬢は綺麗な御方ですし、先日のパーティーの際でも彼女がヒューにダンスを誘ってほしそうな仕草を見せましたので、そ、その……」


 ああ、なるほど。

 メルザはクロエ令嬢に嫉妬していたのか。


 そんな彼女の可愛さに、僕はクスリ、と笑ってメルザの隣へ移動した。


「あ……ヒュー……」

「たとえクロエ令嬢が僕のことをどう思っていても、僕には何も響きませんし、心が動かされるなんてことはあり得ません。だって、僕の心はメルザで埋め尽くされ、今もなおあなたへの想いが膨らみ続けているのですから……」


 そう言って、僕はメルザを優しく抱き寄せた。


「ふふ……本当はヒューがそうであると、分かっております……」


 メルザは目を細めながら、僕に頬ずりをしてくれた。


「メルザ……いいですよ?」

「あ……ふふ、では……はむ……ちゅ、ん……んく……ぷあ……」


 メルザは、幸せな表情を浮かべながら、僕の血を堪能した。


 ◇


「お帰りなさいませ! ヒューゴ様! メルトレーザ様!」


 メイドのセルマが、笑顔で元気に僕達を出迎えてくれた。


「ふふ、ただいま」

「ただいま」


 そんな彼女に僕達は微笑みながら返すと。


「メルトレーザ様。お手紙が届いております」


 一緒にいた執事長が恭しく一礼した後、ひと際豪華な便箋をメルザに手渡した。


「……これは?」

「はい、お茶会のお誘いにございます」


 メルザにお茶会か……ひょっとして、第一皇子の誕生パーティーにメルザに声をかけてきた令嬢の誰か、かな……。


「それで……差出人は?」

第二皇妃殿下(・・・・・・)にございます」

「「っ!?」」


 そう聞いた瞬間、僕とメルザは息を飲んだ。

お読みいただき、ありがとうございました!


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