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久しぶりの学院へ

「ヒューゴ様、おはようございます!」

「んう……」


 朝になり、一か月前からエレンの抜けた穴を埋めるために新たに雇ったメイド、セルマの元気な声で、僕は目を覚ます。

 だ、だけど、いつもより早いような……。


 僕は、棚の上にある時計をチラリ、と見ると……うん、一時間も早い。


「セルマ……もう少し寝かせてくれ……」

「駄目ですよ! 支度に時間がかかるのですから!」


 そう言って、セルマは僕から掛け布団を奪う。


「だ、だけど、今日は学院に行くだけだし、いつもの時間に起きても支度は充分間に合うんだけど……」

「何をおっしゃっているのですか……しっかりと身だしなみを整えないと、メルトレーザ様に愛想を尽かされてしまいますよ?」

「っ!?」


 呆れた表情から吐き出されたセルマの言葉に、僕は思わず飛び上がった。


「ど、どうして僕がメルザに愛想を尽かされるんだ!?」

「いいですか? 女性というものは、意中の殿方にはいつも素敵でいてほしいものです。これから先もメルトレーザ様のお心を惹きつけたいのであれば、今後は見直してくださいませ」

「う、うぐう……」


 セルマに正論をぶつけられ、僕はうめき声を上げる。


「既にお風呂の準備もしておりますので、まずは入浴を済ませましょう」

「はい……」


 僕はセルマの後について行き、妙に花びらの浮いたお風呂に入った……んだけど。


「……ええと、セルマはどうして僕の背中をそんなにペタペタと触っているんだ……?」


 さも当然といった表情で背中を触るセルマを、僕はジト目で睨む。


「もちろん、ヒューゴ様の健康状態を常に管理するのも、メイドである私の務めですから」

「ああ、そう……」


 むしろ胸を張ってそんなことを言われてしまったため、僕は諦めてサッサと学院の制服に着替えた。

 この際、妙にセルマの鼻息が荒いのは無視しておこう……。


 すると。


「ヒュー? もう起きていらっしゃいますか?」


 メルザが僕の部屋をおずおずと(のぞ)き込む。

 そんな彼女の様子が、とても可愛らしくて尊い。


「メルザ、おはようございます」

「あ、お、おはようございます……」


 ? メルザの様子がいつもと少し違う気がするのは、気のせいだろうか……。


「え、ええと、どうしました?」

「い、いえ……その、ヒューはいつも素敵なのですが、今日は特に……」


 そう言って、メルザが少し恥ずかしそうにうつむく。

 一方で、セルマは何故か勝ち誇った笑みを浮かべながら胸を張っていた。


 ……悔しいが、セルマが正しかったようだ。


「それに……ヒューから花の香りがします……」


 メルザが僕の胸をそっと撫で、首元の匂いを嗅いだ。

 うう……少し恥ずかしいかも。


「うふふ、私は別の用事を思い出しましたので、これで失礼します」


 気を利かせたつもりなのか、セルマはニヤニヤしながら部屋を出て行った。


「あ、あの……ヒュー……」

「あはは……もちろんいいですよ」

「! は、はい! では……かぷ……ん、んう……」


 メルザは恍惚(こうこつ)とした表情で首筋に牙を突き立て、僕の血を堪能した。


 ◇


「お気をつけていってらっしゃいませ」


 セルマに見送られ、僕とメルザは馬車で皇立学院へと向かう。


「ふふ……久しぶりの、のんびりした登校ですね」

「そうですね」


 朝から僕の血を飲んでご機嫌のメルザは、嬉しそうに微笑む。

 それに、久しぶりに学院に登校できるから、ということもあるのだろう。


 なにせ、皇帝陛下の退位宣言による混乱で、学院内も慌ただしくなったことから、僕とメルザは学院に通うことを控えていたからね……。


 というのも、これから一年間、クリフォード第一皇子とアーネスト第二皇子で皇太子の座を奪い合うことになるし、皇国最大勢力の貴族であるウッドストック大公家を味方に引き入れようと躍起になることは目に見えているから。


 実際、大公家には僕とメルザ宛のパーティーやお茶会への誘いが、毎日山のように届いているし……。


「ですが、学院に着いたら僕達は真っ先に絡まれてしまいそうですね……」

「でしょうね……特に、アーネスト殿下は必死でしょうから……」


 そう……まだ始まったばかりとはいえ、今回の皇位継承争いにおいては、第二皇子は不利な状況にある。


 まず、やはり長男である第一皇子を推すことは当然の流れであるし、名門貴族は特にその傾向が高い。

 それに加え、第一皇子の母親である第一皇妃殿下は、ウッドストック大公家に次ぐ“タウンゼンド”公爵家の出だ。もちろん、抱えている子(貴族)の数も多い。


 一方で、第二皇子派はといえば、実家のアーバスノット伯爵家も裕福な有力貴族の一つではあるが、それでもタウンゼント公爵家には及ばない。


 そして、何より……。


「……グローバー家が今回のことで没落したのが大きいですね」

「はい……」


 一連のクーデター事件によって、第二皇子の最大の支援者であった宰相、ダリル=グローバーは失脚し、男爵に落ちぶれた上に引退させられた。

 長男が家督を引き継いだものの、たった一年での再起は期待できない。

 もう一人の支持者である近衛騎士団長のマクレガン伯爵も、皇帝陛下の退位に合わせ、近衛騎士団長としての座を降りることになるだろうから、求心力に乏しい。


「まあ……さすがに可哀想ですので、あまり無下には扱わないようにします」

「ふふ……ヒューは、いつもどこかで優しさを見せますね……」


 そう言って、メルザは揶揄(からか)うようにクスクスと笑った。


「ち、違いますよ……冷たくあしらっても、ただ面倒になるだけですから……」

「はい、そういうことにしておきます」


 うう……メルザの能力は、本当に厄介だなあ……。


「あ……到着しましたね」


 僕は話題を逸らすかのようにそう告げると、馬車が学院の前で停まった。


「メルザ、どうぞ」

「ふふ……はい」


 先に降りた僕は、メルザの手を取ってゆっくりと降ろす。


 すると。


「やあ、おはようヒューゴ、それにメルトレーザ」


 意外なことに、僕達を出迎えたのは第一皇子のクリフォード殿下だった。

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