僕は……嬉しかった……
「グレンヴィル侯爵家に……家族に、復讐すること」
そう告げた瞬間、メルトレーザ様の目が見開いた。
「……どういうことです? あなたは、グレンヴィル侯爵家の利益のために、この私との結婚を望んでいるのではないのですか?」
「それは、あくまでもグレンヴィル侯爵家の望みです。決して僕の望みではありません」
訝し気な表情で問い掛ける彼女に、僕はかぶりを振りながら答える。
「……理由を、尋ねても?」
理由、か……。
僕が既に六回も人生を歩んできているなんて話、絶対に信じてもらえるはずがない。
でも、彼女には真実を告げない限り、信頼してもらえないような気がする。
だって……彼女の瞳はまるで、嘘に疲れたような、そんな色をしているから。
「はい……この滑稽で下らない、馬鹿な男の人生をお聞きください……」
僕は、これまでの人生について全てを話した。
政略結婚によって生まれた僕は、母を亡くして家族から……グレンヴィル侯爵家全てから疎まれ続けてきたこと。
そんな家族の一員になりたくて、必死に努力して媚びを売って生きてきたこと。
そんな人生を六回繰り返し、その六回全てで、家族によって死ぬことになったこと。
「……そして、今回で七回目の人生を歩んでおります」
「そう、ですか……」
全てを話し終え、僕は妙に晴れやかな気分になった。
はは……ひょっとしたら僕は、こんな下らない話を、ただ誰かに聞いてもらいたかったのかもしれないな……。
「……到底信じていただけないことは承知しております。ですので、この僕の処遇については、全てメルトレーザ様にお任せします……」
僕は首を垂れ、沙汰を待つ。
すると。
――ギュ。
「よく……ここまで耐えてきましたね……」
優しい口調で、メルトレーザ様が僕を抱きしめた。
そのことが意外で、驚いて、困惑して……。
「メ、メルトレーザ様……」
「私はこれまで、多くの人の悪意や嘘を視てきました……ですがあなたからは、そういったものは一切感じられません……」
「は、はい……」
彼女の甘いささやきに、僕の心が少しずつ震え出す。
「だから私は……あなたの言葉を、信じます」
ゆっくりと離れ、僕を見つめる彼女が、ニコリ、と微笑んだ。
「あ、ああ……!」
初めてだった。
僕が……常に疎まれ続け、邪魔者扱いされ、蔑まれたこの僕が、こんなにも温かい眼差しを受けたことがあるだろうか……優しい声を、掛けてもらったことがあるだろうか……!
ただの気まぐれかもしれない。
ただの同情なのかもしれない。
「あああ……!」
でも……それでも……。
「あああああああああああ……っ!」
僕は……嬉しかったんだ……。
◇
「……大丈夫ですか?」
まるで幼い子どものように泣き叫び続け、ようやく落ち着きを取り戻すと、メルトレーザ様は心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「は、はい……お見苦しいところをお見せしてしまいました……」
まだ止まらない涙を無理やり閉じ込めるように目を瞑り、そう答える。
「無理なさらないでください……私こそ、余計なことを聞いてしまい、申し訳ありません……」
そう言って、彼女は深々と頭を下げてしまった。
「お、お止めください! あなたは何一つ悪くありません!」
そんなメルトレーザ様の身体を慌てて起こす。
「で、ですが……あの質問は、あまりにも無神経が過ぎました……」
「そんなことはありません! あなたが僕を信用できないと考えるのは当然ですし、それに……」
「……それに?」
「こんなことを言っては何ですが……あなたに聞いていただいて、心から良かったと思っています……」
そう……僕は、彼女に聞いてもらえて嬉しかった。信じてもらえて、嬉しかったんだ……。
「……そう言っていただけると、私も救われます……」
膝をついている僕から離れ、メルトレーザ様はゆっくりと立ち上がった。
「ヒューゴ様……あなたの願い、このメルトレーザ=オブ=ウッドストックが聞き届けましょう……」
「! あ、ありがとうございます……!」
彼女の言葉に、僕は歓喜に震えた。
でも……同時に疑問を感じる。
この喜びは、果たしてどちらに対してのものなのか、と。
父に、義母に、弟に、妹に、グレンヴィル侯爵家に復讐を果たせることへの喜びなのか。
それとも……僕を見てくれたことへの……僕を信じてくれたことへの喜びなのか……。
「ふふ……では私とヒューゴ様が、まずは婚約を結ぶところから、ですね……」
「あ……」
そうだった……元々、僕はウッドストック大公家に入るためにやって来たわけで、当然、メルトレーザ様と一緒になるということで。
そしてそれは、彼女は僕の復讐の犠牲になってしまうということで……。
そう考えた瞬間、僕の胸がちくり、と痛む。
ただ復讐だけを考え、それ以外は何もいらないと、六回目の死の時に誓ったはずなのに……。
「……ご安心ください。あくまでも仮に、ということですから」
そう言って、メルトレーザ様は寂しそうに微笑んだ。
ああ、僕は彼女に勘違いさせてしまったようだ。
「ち、違うんです! ……僕は、僕の復讐のことは別にして、あなたと一緒になれることを心から嬉しく思っています。僕が気にしているのは、その、復讐のためにあなたを利用してしまっていることについてでして……」
僕はメルトレーザ様に誤解されたくなくて、必死で訴える。
彼女みたいな素晴らしい女性は、ハッキリ言って僕みたいな人間にはもったいなさすぎる。
この時の僕は、彼女がヴァンパイアだということなんて、既にどうでもよくなっていたんだ。
それよりも、ただ罪悪感だけが僕の胸を締めつけていて……。
すると。
「ふ、ふふ……たとえ目的があるとはいえ、あなたは変わった人ですね。こんなヴァンパイアなんかと一緒になれて嬉しい、だなんて……」
一瞬目を見開いた後、彼女はまるで誤魔化すかのようにそう告げる。
でも、彼女なら……僕のあり得ないような話を信じてくれた彼女なら、僕の言葉が本心であると、分かってくれるはずだ。
「あなたは僕が出逢ってきた人の中で、一番綺麗な女性です……容姿が、それ以上に、あなたの心が」
「あ……」
それを聞いて、メルトレーザ様はおろおろとしてしまう。
僕の言葉が本心であると分かっていながらも、それを信じられないんだろう。
どうしたら、僕の言葉を素直に受け入れてもらえるだろうか……。
そう思い、僕は考えを巡らせた結果、一つの案を思いついた。
「メルトレーザ様」
「は、はい!」
やはりまだ困惑しているのか、彼女は声を上ずらせた。
僕はすう、と息を吸うと。
「その……よければ、僕をあなたの眷属にしていただけませんでしょうか……?」
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