幸せな未来のために
ジェイコブ=グレンヴィルによる一連のクーデター事件が行われてから二か月が経ち、皇都も表向きは落ち着きを取り戻し始めた。
とはいえ、首謀者のグレンヴィルを始め、関与していた貴族達は全て粛清されたことで、現在も様々な問題が起こっているが。
まず、オルレアン王国との国境付近について、先の戦で寝返った多くの貴族の領地が空白地帯となってしまったことにより、領主不在も相まって民衆達は混乱状態になっている。
一応、現在は皇国の直轄領としての扱いとなっているが、それでも治める代官が派遣されておらず、このままではオルレアン王国に侵攻されてしまえばたちまち領土が奪われる結果になりかねない。
なので、できれば今すぐにでも代官を派遣すべきではあるけど、皇都は皇都でそれどころではない。
なにせ、貴族が大量に処分を受けてしまったために、人材不足に陥っているのだから。
それに加え、ノーフォーク辺境伯の治めていた領地はこのサウザンクレイン皇国の外交貿易の要衝であるのに、肝心の辺境伯は領地、財産を没収され、平民に落とされた。
つまり、こちらも管理者不在で満足に貿易を行える状況にはない。
そうすると、皇国の経済にも大きな影響を与える結果となり、社会全体が停滞してしまっているのだ。
今は何とか、大公殿下が軍を派遣して治安維持に努めているものの、それを解消するためには早急に適切な人材を配置するしかない。
「ハア……早く婿殿が学院を卒業してくれんかのう……」
とまあ、大公殿下は僕とメルザの前で、頭を抱えているのが現状だったりするんだけど……。
「……お爺様、ヒューと私の卒業まで、まだ二年半も残っていますよ?」
「分かっておる! 分かっておるが、愚痴りたくもなるわい! ただでさえ軍を統括する立場の私が、ノーフォークのせいで“リバーエンド”の街まで管轄する羽目になってしまったのじゃぞ!?」
「あ、あはは……」
そう……ノーフォーク辺境伯領が皇国の外交貿易の最重要拠点であるがために、今、この国において最も信頼のおける大公殿下にその管理を任されることとなってしまったのだ。
これに関しては、その……お、お疲れ様です……。
「で、ですが、今回の人材不足を機に、各貴族の優秀な次男、三男が台頭してくることを考えれば、将来的には良かったと言えなくもないですので……」
「ぐぬぬ……婿殿の言葉はもっともじゃが……ハア……それまで老骨に鞭打つとするかのう……」
大公殿下は『私はいつ引退できるんじゃ……』と呟きながら、ガックリと肩を落とした。
「ですが……その一番の原因となったのが、二人の引退、ですよね……」
「はい……」
メルザの呟きに、僕は力なく頷く。
実は、今回のクーデターの原因となった二人が、退くこととなったのだ。
まず一人が、サウザンクレイン皇国の宰相であるダリル=グローバー。
ミラー子爵家の子息、ジミー=ミラーを馬車で轢き、その後適切な救命措置を行わなかったことが原因となって、エレンが復讐に加担、クーデターを引き起こす遠因となったことが問題となったのだ。
それにより、グローバー家はその爵位を三階級降格、男爵となってしまった、
また、ダリル=グローバー本人も引退勧告を受け、宰相を辞任。爵位も長男に引き継がれることとなった。
「全く……あの馬鹿宰相が人道にもとるような真似をせなんだら、エレンやミラー子爵達家族も納得できたんじゃ。それを、驕りおってからに……」
「そうですね……」
本当に、ちゃんとエレンの弟を助けていれば、こんなことにはならなかったんだ。
たとえ、結果としてその命が救えなかったとしても。
「そして、もう一人……」
「うむ……皇帝陛下、のう……」
こちらも、グレンヴィルの勘違いとはいえ、クーデターの発端となった僕の母上とのことを受け、皇帝陛下自ら退位を宣言したのだ。
もちろん、まさかそんな下らないことがきっかけでクーデターが実行されたとはとても言えず、その事実は全てもみ消されている。
でも、皇帝陛下自身が負い目を感じていることから、退位への意志は固く、大臣達の説得を一切聞き入れないそうだ。
それでやむなく、これから二年の間を次代皇帝への引継ぎ期間として政務を執り行うことで折り合いをつけた。
そして……今から一年後、次代皇帝となる皇太子を決めることも。
「……クリフォード第一皇子もアーネスト第二皇子も、今はまだ皇立学院に通う身。おそらくは、これから皇太子の座を争うことになるじゃろう」
「…………………………」
「そうなれば、いかにして多くの支持者を集めるか、また、皇太子に選ばれるための実績作りに躍起になるじゃろうな。そして」
大公殿下は深く息を吐くと、僕とメルザを見た。
「メルと婿殿は、否応なくその皇位継承争いに巻き込まれることになるじゃろう……なにせ、次代のウッドストック大公家を担うのは、婿殿なのじゃ。加えて、そんな婿殿が最も慕う者こそ、メルなのじゃから……」
「「はい……」」
僕とメルザは、申し訳なさそうな表情を浮かべる大公殿下の言葉に頷く。
でも。
「……僕は、どちらを選ぶとか、どちらにつくとか、そういったことはまだ考えるだけの余裕も、そして判断材料も持ち合わせていません。ですが……これだけは言えます」
僕はメルザと大公殿下を交互に見ると、すう、と息を吸った。
「僕は……僕の大切な家族のために、考え抜いた上で、最良の選択をしてみせます。だって僕は、“ヒューゴ=オブ=ウッドストック”なのですから」
「「っ!」」
そんな僕の決意を込めた言葉に、メルザと大公殿下は目を見開いた。
そして。
「ええ……ええ! あなたは私の最愛の人で、夫になる御方で、私達の大切な家族、“ヒューゴ=オブ=ウッドストック”です!」
「うむ……うむ!」
メルザは涙をぽろぽろと零しながら、笑顔を浮かべて僕の胸に飛び込んだ。
大公殿下も、その顔をくしゃくしゃにした。
そうだ……僕は、もう“グレンヴィル”じゃない。
だから、僕はこの大切な家族の笑顔を生涯守り続けよう。
――僕達の、幸せな未来のために。
お読みいただき、ありがとうございました!
これにて第一部の出逢いと復讐編は完結となります。
この後、二話の幕間を挟み、第二部の皇位継承編へと突入いたします。
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!




