姉と弟
「……やあ」
僕は、檻の向こう側で一人膝を抱えている、エレンに声をかけた。
「……ヒューゴ様、それにメルトレーザ様も……」
「少し、いいかな……?」
そう尋ねると、エレンは無言で膝に顔をうずめる。
でも、断らないところを見ると、問題はないみたいだ。
「エレン……お前は、宰相であるダリル=グローバーが乗る馬車にはねられ、亡くなった弟の復讐のために、グレンヴィルに加担した……そうだよね……?」
「…………………………」
エレンは無言だけど、僕の言葉を聞いた時に肩が僅かに動いたから、耳は傾けてくれているみたいだ。
「……話を続けるよ。それでグレンヴィルに指示されて、この僕を精神魔法で洗脳し、グレンヴィル家の者に叛逆しないように、僕に家族への愛情を渇望するように仕向けた」
「…………………………」
「ねえ、エレン……それをすることで、グレンヴィルはお前に何を約束したんだ? 宰相の命か? それとも、グローバー家の没落か?」
実を言うと、たかだか僕を洗脳する程度で、あの男がエレンの復讐を叶えるなんて思えなかった。
いや、むしろエレンも、あの男にいいように使われていたのかもしれない、と……。
「……うふふ」
「エレン?」
突然笑い出したエレンに、僕は声をかけた。
「アハハハハ! ええそうですよ! 私は弟の……“ジミー”を奪われた復讐のために、グレンヴィル侯爵に手を貸したんです!」
エレンは勢いよく立ち上がり、鉄格子を力いっぱい握りしめながら大声で叫んだ。
「そうか……だけど、エレンとあの男の接点はなんだったんだ? ミラー家の領地で事故なんて、グレンヴィルが知る由もないだろう……?」
「うふふ! 簡単ですよ! 私がグローバー家の屋敷の前で必死に叫んで訴えていたら、たまたま通りかかったグレンヴィル侯爵に声をかけられたんです! そして、全部打ち明けたら言ってくれたんです! 『君の復讐に、力を貸そう』って!」
なるほど、ね……。
あの男からすれば、田舎から出てきた子爵令嬢ということもあって、与しやすいとでも考えたんだろう。
しかも、魔術に優れた家系のミラー子爵家なら、利用価値もあるだろうからね。
「それで……エレンは、あの男が本当にその約束を守ると思っていたのか?」
「面白いことを言いますね! 守る、守らないじゃないんですよ! 守らせるんです! いざとなれば、私の精神魔法で操ってでもダリル=グローバーを殺すつもりでしたから!」
ああ……エレンは自分の復讐に夢中で、視野が狭くなってしまっていたんだな……。
「エレン……あの男が、それに気づいてないとでも思うのかい? そんな対策、当然ながら施しているに決まっているじゃないか……」
「…………………………」
そう告げると、エレンは唇を噛んで押し黙ってしまった。
本当は、そのことにも薄々気づいてはいたんだろう。
でも……エレンはこれに縋るしかなかった、んだな……。
はは……同じ復讐でも、僕とグレンヴィル、それにエレンとで、こんなにも違った結果になるんだから、皮肉としか言いようがないね。
とはいえ、僕は七回目の人生で初めての復讐だから、その前の六回の人生では、ひょっとしたらグレンヴィルもエレンも、無事に復讐を果たせたのかもしれないけど。
「……いずれにしても、エレン、お前の復讐はもう潰えたんだ。僕ももう、お前と会うことはないだろう……」
そう……大罪人のグレンヴィルやその家族、それにオルレアン側についていた貴族連中は、見せしめのために皇都引き回しの上、中央の広場で断頭台によって処刑されるだろう。
だけど、エレンみたいな下級貴族の令嬢は、ただ事務的に処刑されるだけ。
つまり……エレンは誰に知られることもなく、ただひっそりとその命を落とすことになるんだ。
すると。
「エレン……私からも、いいかしら」
「……メルトレーザ、様」
メルザが、おずおずとエレンに声をかけた。
聞いたところによれば、クーデターのあの日、メルザはエレンの部屋で二人っきりで話したらしい。
「エレン。最後にあなたには、ここでハッキリと答えてほしいの。あなたにとって、ヒューはどんな人だったのかを」
「っ!?」
メルザの言葉に、エレンは息を飲んだ。
「……メルトレーザ様は、そこまで私のことを追い込むのですね」
「ええ……そうね」
悔しそうに睨みつけるエレンに、メルザは気にしないとばかりに冷淡に答えた。
「さあ……」
「…………………………」
エレンはうつむき、沈黙する。
でも、どこか意を決したような表情を浮かべて顔を上げると、僕を見つめた。
そして。
「あなたは……私の、もう一人の弟、でした……っ!」
そう告げると、エレンは顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らした。
はは……僕が弟、だって……?
僕を洗脳して、操って、想いを踏みにじって、おまけに僕が死ぬのを、ただ嗤って見ていたくせに……!
「……僕は、エレンの弟なんかじゃない。そして、エレンを姉だと……家族だと思ったことは、一度だってない」
「あ……ああ……!」
僕は拳を強く握りしめ、エレンに向かって吐き捨てるようにそう言うと、彼女は両手で顔を押さえ、泣き崩れた。
「ヒュー……行きましょう……」
「メルザ……ええ……」
僕はメルザの手を取り、その場を後にする。
地下牢にはすすり泣くエレンの声が、ただ響いていた。
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