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もう一つの裁判

 僕とメルザがやって来たのは、皇宮の外にある皇都の別の裁判所。

 ここでは、主に下級貴族や平民を裁いている。


「まだ、裁判までに時間があるようですね」

「ええ……でしたら、少しお茶でもしましょうか。メルザもずっと僕に付き添ってくれてますから、疲れたでしょう」

「ふふ……そうですね」


 僕の提案に、メルザがニコリ、と微笑む。

 メルザは、僕が裁判所に足繁く通っている間、いつも僕と一緒にいてくれている。


 ヴァンパイアである彼女は、こんな陽の光の下は苦手なのに……。


「あ……ヒュー……?」


 そんなメルザの気持ちが……優しさが嬉しくて、僕は思わずメルザを抱きしめた。


「メルザ……ありがとうございます……」

「……私はいつだって、あなたと一緒ですから……」


 メルザの身体に回した腕に、彼女はそっと手を添えた。


「ふふ……もちろんずっとこのままでも嬉しいですが、お茶をしに行きませんか?」

「あ、あはは……そうでしたね」


 僕は苦笑してメルザから離れ、またその手を取った。


「ですが、よくよく考えていると、メルザとこうやって二人きりで皇都を歩くのは初めてですね」


 メルザに傘を差して裁判所を後にし、僕はそう告げる、


「そうですね……そもそも私、こうやって屋敷の外へ出ること自体、ヒューと出逢ってからですから……」

「あ……」


 そうだった。

 メルザはヴァンパイアということもあるから、日中に外に出ることがない。仮に出たとしても、それはあくまでも大公家の敷地内に限ったものだから……。


「あはは……でしたら、今日は僕とメルザが、初めて皇都を散策した記念日ですね」

「ふふ、それいいですね。私とヒューの記念日」


 僕のそんなくだらない言葉に、メルザがクスリ、と笑う。


「……そうやって、私達の記念日をたくさん作っていきましょう……楽しいことや嬉しいことは、もっとそうなるように……悲しいことやつらいことは、全部塗りつぶしてしまうように……」

「メルザ……」


 うん……これからも、僕はあなたとの思い出で一杯にして、毎日を記念日にしてしまおう。


 これから行われる、嫌なことやつらいこと、そんな今日という一日を、あなたと作る思い出で……。


 ◇


「いよいよ、ですね……」


 皇都のカフェでお茶を済ませた僕とメルザは裁判所へと戻り、目的の裁判を傍聴席で待つ。

 最後の……復讐相手の裁判を。


「さあ来るんだ」

「…………………………」


 兵士に引き連れられ、今日裁かれる罪人が無言で被告席へとやって来る。


「エレン……」

「っ!? …………………………」


 僕の姿を認めたエレンは一瞬だけ息を飲むが、すぐに無表情になり、被告席に座った。

 傍聴席を見回すが、所詮は一使用人の裁判なんて誰も興味がないようで、僕とメルザの他には二人が傍聴しているだけだ。


「ただ今から、被告、エレンの裁判を始める」


 裁判官が宣言し、いよいよエレンの裁判が始まった。

 ただし、今裁判官が告げたように、ミラー子爵令嬢エレン=ミラーではなく、ただのエレンとして。


 どうやらエレンは、こういった事態に備えて実家と離縁していたようだ。


「被告人は、ジェイコブ=グレンヴィルと共謀し、他の貴族や関係者等に対して精神魔法を……」


 裁判官が、エレンの罪状を告げる。

 今回の裁判は、エレンがグレンヴィルのクーデターにどこまで関与していたか、そして、それがグレンヴィルの強制によるものなのか、それとも自発的なものなのか、そこが争点となっていた。


「……以上のことから、被告人についても充分に関与が認められると考えられる。被告人、それについて弁論の機会を与える」

「……裁判官のおっしゃったことは事実です」


 表情も変えず、淡々と告げるエレン。

 どうやら彼女は、覚悟を決めているようだ。


「……分かった。では、判決を言い渡す。被告人、エレンは死刑。これにて、本裁判は閉廷とする」


 判決が下り、エレンは来た時と同じように兵士に連れられ、この部屋を出て行った。

 裁判官も、僕達以外の傍聴者も、続くように出て行く。


「ヒュー……私達も、行きましょう……」

「はい……」


 心配そうな表情を浮かべるメルザに声をかけられ、僕達もその場を後にした。


 でも。


「メルザ……少しだけ、付き合っていただいてもいいですか?」

「……はい」


 僕の意図を察したのか、メルザはゆっくりと首肯してくれた。

 本当に……メルザは、いつだって僕のことを見ていてくれるんだね……。


 そんな愛おしい彼女と一緒に、僕は裁判所に併設されている、犯罪者の収容所へと向かった。


「すいません、面会希望なんですが……」

「面会?」


 僕達を見て、訝し気な表情を浮かべる兵士。

 まあ、こんな若い男女が面会だなんて、不審に思われても当然か。


「……名前は?」

「僕はヒューゴ=グレンヴィル、こちらはメルトレーザ=オブ=ウッドストックです」

「っ!? しょ、少々お待ちください!」


 僕達の名前を聞いた瞬間、兵士が慌ててどこかへ行ってしまった。

 でも、どうやら僕達の名前は知っていたみたいだ。


「ふふ……この皇国でウッドストックの名を知らない者などおりませんし、ヒューはヒューで、先日の賊討伐やクーデター阻止の立役者ですから、当然の反応ですね」

「あはは……」


 クスクスと笑うメルザの言葉に、僕は苦笑した。


「お、お待たせしました! どうぞこちらへ!」


 戻ってきた兵士に案内され、僕達は地下牢へと向かう。


「……しばらく、僕達だけにしてもらえますか?」

「は……で、ですが……」

「すぐに終わりますから」

「わ、分かりました……」


 そう言うと、兵士はこの場から立ち去った。


「……やあ」


 僕は、檻の向こう側で一人膝を抱えている、エレンに声をかけた。

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