無情の言葉
「……メルザ。もう一か所、付き合っていただいてもいいですか……?」
皇帝陛下が退室した後、僕はメルザにそうお願いした。
本当は……こんなことしたくない、んだけど……。
「はい、もちろんです。あなたの元家族のところに行くのですね……?」
メルザの問いかけに、僕はゆっくりと頷いた。
今の皇帝陛下の話が真実であることを、あの男に……ジェイコブ=グレンヴィルに伝えないといけない。
でも、そのためには、僕はメルザの能力のことを明かさないといけなくて……。
「ふふ……ヒューが何を悩んでいるか、私には分かります。ですが、私の答えは決まっています」
そう言うと、メルザは胸に手を当て、静かに頷く。
そして。
「私が悪意や嘘が分かること、あの連中に伝えていただいて構いません」
「メル、ザ……」
メルザが僕を見つめながら、ニコリ、と微笑む。
ああ……僕はなんて罪深いのだろう……。
こんなちっぽけな我儘のために、あれほどひた隠しにしてきた彼女の能力を、あの男に明かすだなんて……。
「婿殿……もちろん、この私も一緒に行くぞ」
「大公殿下……ありがとうございます」
力強く頷く大公殿下に、僕は深々と頭を下げた。
「ふふ……ヒュー、行きましょう」
メルザが笑顔で僕の腕に自分の腕を絡める。
これは、少しでも僕の重苦しい気分を変えようとする、彼女の優しさの表れだ。
僕は、なんて幸せなんだろうか……。
こんな、世界一素敵な女性に、ここまで愛されるなんて……。
◇
「……あとは、この私達だけで面会する。お主達は持ち場に戻っておれ」
「「はっ!」」
大公殿下の命を受け、地下牢を監視する兵士は敬礼をして上へと戻っていった。
「婿殿……グレンヴィル達は一番奥の牢じゃ」
「はい……」
僕達は、グレンヴィルが収容されている牢へと向かう。
その時。
――ギュ。
「メルザ……」
「ヒュー……あなたには、この私がいますから」
そう言って、笑顔で励ましてくれるメルザ。
これから、彼女のほうがつらい思いをするかもしれないのに……。
「はい……僕には、あなたがいます。そして、あなたには僕が」
「ええ、そのとおりです……」
僕とメルザは微笑み合う。
そして。
「グレンヴィル……」
「…………………………貴様か」
声をかけると、グレンヴィルは僕に鋭い視線を送ってきた。
はは……昨日の夜はあんなに心が壊れていたのに、もう回復したとでもいうんだろうか……。
「っ! に、兄さん! 早く俺達をここから出せ!」
「そうよ! 早く私を出してよ!」
膝を抱えていたルイスとアンナが、急に元気になって射殺すような視線を向けながら鉄格子をつかんで叫ぶ。
まるで、僕が助けに来たと勘違いしているかのように。
僕はそんな二人を無視し、ただグレンヴィルを見据えると。
「なあ……一つだけ教えてほしい」
「…………………………」
「僕は、オマエにとってそれほど憎い存在なのか? 何度でも殺したくなるほど、それほど憎くて仕方がない存在なのか?」
そう、問いかけた。
僕は……知りたいんだ。
本当に、僕には救いはなかったのかと。
「……当然だ。貴様は、私にとってゴミ以下の存在だ。それを粗末に扱って、処分して何が悪い」
「貴様あああああああああああッッッ!」
そんなグレンヴィルの言葉を聞いた瞬間、大公殿下が激昂した。
それこそ、今すぐにでもくびり殺すかのような勢いで。
「大公殿下……大丈夫、ですから……」
「じゃ、じゃが婿殿! こやつは……こやつはッッッ!」
怒り狂う大公殿下を、僕はなんとかなだめる。
「お爺様……それは、ヒューの権利ですから」
「メル……」
メルザが唇を噛み、血が流れた。
僕のためにメルザは怒ってくれて、僕のために我慢してくれているんですね……。
「メルザ……ありがとう、ございます……」
僕はハンカチを取り出し、メルザの血を拭き取った。
でも……これで僕は、本当の意味で覚悟ができた。
少しでも情というものがあったのなら、何も告げずにただ死なせてやろうと思ったが……そんなものは、不要だった。
さあ……この男にとどめを刺そう。
「……昨夜の、皇帝陛下の話だが……」
そう、告げた瞬間。
「ク……クク……まさか貴様、あの与太話を信じているのではあるまいな?」
くつくつと嗤いながらグレンヴィルは立ち上がり、僕を睨みつけた。
「……ああ。皇帝陛下は、確かに真実を語った。母上と皇帝陛下の間には何もなかったことは、間違いない」
「馬鹿か貴様は! その証拠がどこにある! なら貴様は見たのか? あの男がエイヴァに手を出してはいないと、証明できるのかッッッ!」
歯を剥き出しにし、グレンヴィルが吠える。
思ったとおり、結局はこの男は昨夜の話を信じてはいなかった……いや、信じようとはしなかった。
当然だ。
それを認めてしまったら、この男は自らの手で最愛の女性を失った、ただの道化に成り下がってしまうのだから。
そして僕は、この男を道化へと叩き落とす。
僕の……復讐のために。
「メルザ……」
「はい……」
僕が呼びかけると、メルザは隣に立った。
「グレンヴィル……僕のメルザは、相手の悪意や嘘を見抜ける能力がある」
そう、静かに告げると。
「何を世迷言を! そんなこと、人の身でできるわけがなかろう!」
当たり前だけど、グレンヴィルは一切信じる気配がない。
すると。
「そんな下らない話はどうでもいいんだよ! 兄さん、俺達は血を分けた家族だろ? だから、早くここから出してくれ!」
鉄格子の隙間から手を伸ばしながら懇願するルイス。
「……ルイス。オマエは本当に、僕のことを家族だと思っているのか?」
「! ああ! 思っているとも! 当然だろ!」
僕が助けるかもしれないと考えたんだろう。ルイスは、喜色満面で答えた。
だけど。
「ふふ……あなた、嘘を吐きましたね?」
ルイスを見ながら、メルザがクスクスと笑った。
「メ、メルトレーザ様、一体何が嘘だというんだ!」
「ヒューが家族だと言ったことですよ。本当は、そんなこと思っていないんでしょう?」
「っ!?」
図星を突かれたのか、ルイスは思わず後ずさった。
「……グレンヴィル、今見たとおりだ。メルザは、相手の嘘が分かる」
「っ!? そ、そんなことはあり得ない!」
「なら、試してみろよ。いくらでも嘘を吐いてさ」
そう言うと、グレンヴィルは次々と嘘を並べ始めた。
そして、そのことごとくをメルザに看破される。
「そ、そんな……そんなことが……」
「どうだ? これで信じる気になったか?」
その事実に愕然とするグレンヴィル。
僕は、そんなコイツにただ冷たい視線を送っていた。
「……もう充分だろう。メルザは、相手の嘘が見抜ける。そして……皇帝陛下の言葉に、嘘はなかったよ……」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃない」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあああああああああああああッッッ!」
受け入れがたい事実に、とうとうグレンヴィルは頭を抱え……壊れた。
そうだ、グレンヴィルよ。
オマエは処刑される残りの数日間、自分の犯した取り返しのつかない罪に押し潰されてしまえ。
愛した女性を自らの手で失った、その苦しみに悶えろ。
僕は……オマエのその勘違いによって、六回の人生全てを壊されたのだから。
「ヒュー……行きましょう」
僕の手を引き、メルザが微笑む。
「はい……」
そんな彼女の手を取り、僕達は地下牢を後にした。
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