あなたの傍で
「んう……」
あのつらかった夜を越え、既に高くなった太陽の光が寝ていた僕の顔を照らした。
うう……眩しい……。
僕はベッドから起き上がると、カーテンをしっかり閉め直す。
だって。
「すう……すう……」
メルザが、まだ気持ちよさそうに眠っているから。
昨夜は、メルザに抱きしめられたまま、いつの間にか眠りについていた。
メルザの鼓動を感じながら……メルザの温もりを感じながら……。
おかげで今の僕の心には、昨日あれほど締め付けていた苦しみがすっかり消え去り、メルザへの愛おしさで溢れかえっていた。
「メルザ……」
ベッドに腰かけ、メルザのその輝く黒髪をそっと撫でる。
結局、僕はただ、彼女の胸に縋るだけに留めた。
どれだけつらくても、苦しくても、悲しくても、それ以上に僕の中はメルザを大切にしたい想いのほうが強かったから……。
うん……この先僕は、メルザを求める時が間違いなく来る。というか、本音を言えば今すぐにでもって思いも強い。
でも、少なくともその時は、昨夜じゃないから。
「あれ……? ヒュー……」
「あ、起こしてしまいましたか」
微睡みながら僕を見つめるメルザに、僕はニコリ、と微笑んだ。
「ヒュー……もう、大丈夫なんですか……?」
「はい……僕は、またしてもあなたに救われました……」
そう言うと、メルザの髪をかき上げて、そっと頬に口づけをした。
「ふふ、どうやら本当みたいですね……って」
メルザが微笑んで身体を起こそうとした瞬間、彼女が裸のままだったことに気づく。
そ、そうだった……。
「メ、メルザ……ぼ、僕のシャツで申し訳ありませんが……」
僕は慌ててハンガーにかけてあったシャツを手に取り、メルザに羽織らせた。
「あう……あ、ありがとうございます……」
「い、いえ……」
メルザと僕の間に、ほんの少し気まずい空気が流れる。
だけどそれすらも、今の僕には嬉しくて……。
「ヒュー……」
メルザが僕の肩に頬を寄せる。
「メルザ……僕は今日、あの男の……家族だった者達の裁判を傍聴しに行きます……」
そう言った後、僕は言い淀んだ。
絶対に気分のいいものではないし、できればメルザにアイツ等の醜悪な姿を見せたくないから。
だけど。
「ヒュー……私も、あなたと最後まで一緒に……」
「で、ですが、決して楽しいものではありませんし、嫌な思いをするかもしれません……」
「それでもです。そんな些細なことよりも、私はただあなたの心が心配なんです……」
「メルザ……」
君はいつだって、僕のことを第一に考えてくれるんですね……。
「ですから、あなたの元家族の命の灯火が消える瞬間まで、私はヒューの傍で一緒に見届けますから……」
「メルザ……ありがとう、ございます……」
僕は感謝の言葉を告げ、その細くて白い手を握った。
◇
「婿殿……少しは癒えたかの……?」
支度を済ませ、僕とメルは執務室へ行くと、大公殿下が眉根を寄せながら心配そうに尋ねた。
本当に、メルザといい大公殿下といい、こんな僕のことを……。
「はい。メルザのおかげで、僕はもう大丈夫です」
「そうか……」
大公殿下が息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「それで、グレンヴィル達の今後については……?」
「うむ、皇宮から使者が手紙を持ってきおった。本日の夜六時、国家転覆の罪でグレンヴィルへの裁判が開かれる。ただ、その家族や他の貴族等の関係者ついては数が多いため、全ての判決が出るまで下手をすれば一週間以上かかるやもしれん」
「そうですか……」
なら、今日はあの男だけを見ることになるのか……。
「それと……皇帝陛下が、正式に婿殿との面会を求めてきおった。それも、今日の裁判の前に、の」
「…………………………」
おそらく、最後にお願いしたあの件だろう、
もう一度、真実を語るというあの……。
「メルザ……お願いがあります。皇帝陛下との謁見の場に、一緒に来ていただけますでしょうか……」
僕はメルザの真紅の瞳を見つめながら、お願いをした。
彼女なら……その言葉の真偽を確かめることができるから。
「はい……私は、あなたと共に」
メルザはそっと胸に手を当て、目を瞑りながら頷いた。
「大公殿下も、ご同席いただけますでしょうか……」
「もちろんじゃとも!」
そう言って、大公殿下は自分の胸を叩いた。
「ありがとう、ございます……」
そんな二人に、僕は深々と頭を下げた。
◇
「皇帝陛下のご入場です!」
皇宮の謁見の間。
膝をつき、首を垂れて待つ僕達の前に、皇帝陛下が現れた。
「面を上げよ」
皇帝陛下の言葉を受け、僕達は顔を上げた。
「さて、ヒューゴよ……昨夜の余の言葉、もう一度告げればよいのだな?」
「はい……どうかお願いできますでしょうか……」
「うむ……」
そして、皇帝陛下は約束どおり、同じ話をしてくれた。
それも、一言一句違わず。
「メルザ……」
「…………………………(コクリ)」
振り返ると、メルザはゆっくりと頷いた。
つまり……皇帝陛下の言葉は、真実だということだ。
「これで……よいか?」
「はい……ありがとうございました」
僕はもう一度首を垂れた。
「ならば、次は余の頼みを聞いてくれ」
「はっ……」
「ヒューゴよ……近う」
皇帝陛下の言葉を受け、僕は立ち上がって玉座に近づく。
「ハハ……まこと、エイヴァの面影がある……」
そう言うと、皇帝陛下は寂しそうに頷いた、
「では、また裁判所でな」
皇帝陛下はニコリ、と微笑んで立ち上がり、謁見の間を後にした。
その背中に、覚悟を決めたかのような雰囲気を漂わせて。
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