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温もり

「婿殿、着いたぞ」


 僕と大公殿下を乗せる馬車が、大公家の屋敷の玄関で止まる。

 でも、僕はずっと車窓から夜空を眺めるばかりで、大公殿下に声をかけられてやっと我に返った。


「ほれ……馬車を見たメルが、飛び出してきおったわい」

「あ……」


 大公殿下がそのごつごつした手で僕の肩を叩き、玄関で心配そうに馬車を見つめているメルザを指差した。

 はは……僕も、呆けている場合じゃないね。

 メルザに、こんな姿を見せたくないから。


 ――パシン。


 僕は気持ちを入れ直すため、両頬を叩く。

 うん、もう大丈夫。


「大公殿下、行きましょう」

「う、うむ……」


 大公殿下に続き、僕も馬車から降りると。


「ヒュー……お帰りなさい」

「メルザ……ただいま帰りました」


 涙ぐみながらもニコリ、と微笑むメルザ。

 その気丈な姿を見て、僕は心を奮い立たせた。


「クーデターは、無事制圧しました」

「そうですか……それよりも、ヒューの身体(・・)が無事でよかったです……」


 そう言うと、メルザの白い手が僕の身体にそっと触れた。


「あはは……グレンヴィル家の騎士を斬り伏せる時に返り血を浴びていますから、せっかくのメルザの綺麗な手が汚れてしまいますよ?」

「構いません……」


 メルザは、まるで慈しむかのように僕の身体を優しく撫でる。


「メル……婿殿は色々あって疲れておる。ゆっくり休ませてやってくれ」

「はい、もちろんです。ヒュー、まいりましょう」


 大公殿下の言葉を受け、メルザが僕の手を取って屋敷の中へといざなった。


 そして、僕の部屋に入ると。


「ヒュー……これで、ここには私とあなたしかいません。もう、いいですよ……?」


 僕の頬を撫でながら、メルザがジッと見つめる、

 その真紅の瞳は、僕の心の中なんて全てお見通しのようだ。


「……かいつまんで、今日のことをお話しします」


 僕はメルザと並んでベッドに腰かけると、クーデターでの一連の出来事について説明した。


 セネット子爵達、オルレアン国境の貴族の蜂起は、大公殿下が無事に制圧したこと。

 母方の実家であるノーフォーク辺境伯もグレンヴィルのクーデターに呼応したため、皇国軍がノーフォーク領に向けて進軍していること。

 グレンヴィルの軍勢は、作戦どおりバルド傭兵団の離脱などにより戦力はほぼ無力化、直属の騎士団百名について、僕が全て(ほふ)ったこと。


 そして……皇帝による罪人の検分において、グレンヴィルによって僕の出自が暴露されたこと。

 だけど……それが全てグレンヴィルの勘違いだったこと……。


「はは……結局は、グレンヴィルの思い込みで、僕は六回も殺されたことになりますね……」

「そ、そんな……っ」


 全てを聞き終えたメルザが、声を失う。


「まあ……僕のことはいいです。とにかく、そこで僕と大公殿下は皇宮を出ましたのでその後どうなったかは分かりませんが、おそらくは明日にでも然るべく裁判が行われ、正式にグレンヴィル及びその家族、並びに蜂起した貴族家は全て処刑されることになるかと」

「…………………………」

「メルザ……これで僕は、全ての復讐を果たしました。グレンヴィルの、絶望の表情を拝むことができました」


 そう……僕は、六回目の人生の最後に誓った復讐を叶えたんだ。

 今、僕がすべきことは復讐の悦びに浸ることなんだ……。


 だから僕は、メルザに向かって満面の笑顔を見せた。


 すると。


 ――ギュ。


「メルザ……?」

「ヒュー……無理、しないでください……」


 メルザは僕を抱きしめ、ぽろぽろと大粒の涙を(こぼ)す。


「……僕の顔を見てくださいよ。ほら、復讐を果たしてこんなに笑顔なんですから。メルザも笑ってください」


 彼女の黒髪を撫でながらそんなことを言ってみるけど、僕だって分かっている。

 ()が見抜けるメルザには、僕の心の中なんて全部お見通しだってことくらい。


 でも……それでも……僕には、強がるくらいしかできないから……。


「ヒュー……」


 メルザが僕からそっと離れ、涙に濡れた真紅の瞳で僕を見つめると、突然、そのドレスを脱ぎ始めた。

 そして……その一糸まとわぬ綺麗な素肌が露わになった。


「メ、メルザ……!?」

「ヒュー……私を、あなたの好きになさってください……あなたのつらさ、苦しさ、口惜しさ……全て、私に吐き出してください……」


 そう言って、メルザが肩を震わせながらニコリ、と微笑んだ。

 僕は……僕は……っ!


「っ!」

「メルザ……メルザア……ッ!」


 メルザの胸に、縋るように抱きついた。

 耳を寄せるとメルザの鼓動が聞こえて、僕の心に安らぎを与えてくれて、その温もりが僕の隙間を埋め尽くしてくれて……。


「ヒュー……ヒュー……ッ!」


 メルザが僕の頭を抱きしめ、髪を優しく撫でながら僕の名前を何度も呼ぶ。


 僕はただ……彼女の胸の中で、一晩中この想いを吐き出し続けた。

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