ヴァンパイア
「失礼します……っ!?」
扉をゆっくりと開け、部屋に入った瞬間、僕は息を飲んだ。
部屋の中は窓が一切閉ざされ、いくつかの燭台によって明かりが照らされており、まるで夜であるかのようだった。
そんな中、壁に向かって後ろを向いている、一人の少女が立っていた。
彼女がメルトレーザ嬢で間違いないだろう。
それにしても……不思議な雰囲気のある御方だ……。
腰まで伸びる長い漆黒の髪に、わずかな燭台の明かりであっても分かるほど、透き通るような肌。
そのたたずまいからも、噂のような魔族や狂気じみた人物とは到底思えなかった。
何より、その小さな背中はどこか儚げで、今にも壊れてしまうんじゃないかと思えるほどだった。
「……グランヴィル侯爵家が長男、“ヒューゴ=グランヴィル”と申します」
彼女の背中に向けて膝をつき、首を垂れる。
「……顔を上げてください」
「っ!」
物静かで優しい、いつまでも聴いていたくなるような声。
それでいて、有無を言わせないかのような、絶対的な強さのある声。
相反するものが込められたそんな彼女の声に、ドクン、と鼓動が強く鳴る。
その声に抗えず、おそるおそる顔を上げると。
「…………………………」
僕は、声を失ってしまった。
まるでルビーのように輝く、真紅の瞳。
高く、整った鼻筋。
透き通るほど白い素肌にくっきりと浮かび上がる、桜色の艶やかな口唇。
この御方は、本当に人間なのだろうか……。
それほど、メルトレーザ嬢は美しすぎた。
それこそ、女神ではないのかと見まごうほどに。
「ウッドストック大公が孫、“メルトレーザ=オブ=ウッドストック”です……」
「メルトレーザ、様……」
差し出されたその滑らかな手を取り、僕はそっと口づけをする。
「……本日は、お爺様のわがままでお越しいただいたのですよね……?」
「いえ、僕が望んで、あなたにお逢いしに来ました」
おずおずと尋ねるメルトレーザ様に、僕ははっきりと答えた。
そう……僕は、僕のためにここに来たんだ。
「そう、ですか……ヒューゴ様、あなたも私の噂はご存知だと思いますが……?」
「……こうやってメルトレーザ様を一目見て、お声を聴いて、所詮は噂でしかないと改めて思いました」
うん……人間離れした容姿はともかく、こんなにも物腰が柔らかい御方が、怪物であるはずがない。
それくらい……これまでの人生で何も見えていなかった、この僕にでも分かる。
すると。
「ふ、ふふ……」
メルトレーザ様が、何故か笑い出した。
「い、いかがなさいましたか……?」
「……噂は、本当ですよ?」
そう言うと、メルトレーザ様はニタア、と口の端を吊り上げた。
その瞬間……僕は、見てしまった。
彼女の口から覗く、牙のようなものを。
「ふふ……見えましたでしょう? 私の正体はヴァンパイア……といっても、人間とヴァンパイアの間に生まれた混血ですが」
メルトレーザ様は口元に人差し指を当て、クスクスと嗤う。
ヴァンパイア……その全てを魅了する美しさと圧倒的な強さで、数多くいる種族の中でも最上位に位置する魔族。
はは……要は噂どおり魔族と人間……つまり、ウッドストック大公の息子はヴァンパイアと恋に落ちた、ということか……。
「さあ……どうします? このままでは、あなたは噂どおり拷問によってその身体を焼かれ、引き裂かれ、血に塗れて息絶えてしまうかもしれませんね?」
とうとう堪え切れないとばかりに、けたけたと嗤い始めるメルトレーザ様。
僕の人生……これまでの六回の人生で、いいことなんて一つもなく、ただ家族に裏切られ、殺されるだけの人生。
でも、この七回目の人生だけは、決して家族に裏切られて死ぬわけじゃない。
それだけでも、僕にとっては救いなのかもしれない。
そして……願わくば、八回目の人生が訪れませんよう……。
「……何故、あなたはそんなに落ち着き払っているのですか……?」
僕の様子を不思議に思ったのか、メルトレーザ様が少し不機嫌そうに尋ねる。
だけど、それは仕方ないというものだ。
僕は、彼女に殺されることで、救われるかもしれないのだから。
「……あなたの手で死を迎えるのなら、本望ですから」
「っ!?」
そんな僕の答えに驚いたのか、彼女は息を飲んだ。
「……あなたは自殺志願者なのですか?」
「はは……どうなんでしょう」
そう言って、僕は苦笑する。
確かに、僕はこんなただつらいだけの人生の繰り返しを、終わらせてしまいたいと思っている。
でも、六回目の人生の最後に宿った、あの狂おしいほどの家族への復讐の炎、それが今も、心の中で燃え盛っていて……。
「……ですが、もしこの僕に対してほんの少しの慈悲があるのであれば、せめて一つだけ、願いを聞き届けてはいただけませんでしょうか……」
「願い、ですか……?」
「はい」
そんな僕の言葉が意外だったのか、メルトレーザ様は頬に手を当てて思案する。
「……いいでしょう。言ってみてください」
「ありがとうございます……僕の願いは……」
顔を上げ、彼女の真紅の瞳を見つめる。
そして。
「グレンヴィル侯爵家に……家族に、復讐すること」
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