表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/241

クーデターの始まり

「ふふ……ヒュー、袖がほつれていますね」

「え? あ、本当ですね……」


 剣術の稽古を終えてメルザの部屋でくつろいでいると、僕の服の袖を見てクスリ、と微笑む。


「この際ですし、また新しい服を買いに行きますか?」

「あ、でしたらメルザのドレスを見に行きたいですね。色んなメルザを楽しみたいです」

「もう……ヒューの服の話をしているんですよ? ですが、それならヒューの服は私が選びますので、私のドレスはヒューが選んでくださいね?」


 おおっと……これは責任重大だ。

 ぼ、僕のセンスで選んで大丈夫なんだろうか……。


 そんな他愛のないやり取りをしていると。


 ――コン、コン。


「失礼します! 大公殿下が、至急執務室に来るようにとのことです!」


 焦った様子のエレンが、ノックするなり部屋に飛び込んできた。

 ……とうとう始まったか。


「ヒュー」

「ええ、すぐに行きましょう!」


 僕とメルザは大公殿下の執務室に急行する。


「おう! メル、婿殿!」

「大公殿下、ひょっとして……!」

「うむ! いよいよあやつが動き出したわい!」

「っ!」


 大公殿下のその言葉に、僕は唾を飲み込んだ。


「それで、私は手筈どおり(・・・・・)セネット子爵領の隣で陣取っている皇国軍と合流する! 婿殿は支度を整え、オリバーと共に所定の場所(・・・・・)へ向かうのじゃ!」

「はい!」


 大公殿下の指示に、僕は力強く頷いた。


「はっは……では、また夜に(・・)、の」

「はい……また夜に(・・)


 僕とメルザは執務室を後にし、自分の部屋へと足早に向かう。


「ヒューゴ様、一体何があったのですか!?」

「エレン……オルレアン王国との国境にあるセネット子爵以下、複数の貴族が蜂起した。これから大公殿下と僕はそれに対処するため、準備を整えてすぐに出立する」

「っ!?」


 不安そうな表情を浮かべるエレンにそう告げると、彼女は息を飲んだ。


「エレン。そういうことだから、すぐにヒューの軍服を用意なさい」

「は、はい!」


 メルザの指示を受け、エレンが駆け出す。

 去り際に、その口元を吊り上げながら。


「ふふ……あの女、分かりやすいですね」

「はは、ですね」


 そんなエレンの背中を眺めながら、僕とメルザはクスクスと(わら)った。


 ◇


「メルザ……では、行ってきます」


 屋敷の玄関まで見送りに来てくれたメルザに、そう告げる。


「ヒュー……どうかご無事で」

「もちろんです。僕はあなたの騎士なんだ。こんなくだらないことで、傷一つ負うつもりはありません。それに……」


 腰にあるサーベルの柄、そこに付けてある房飾りに手を掛けると。


「この、あなたと僕の房飾りがありますから」


 そう言って、僕はニコリ、と微笑んだ。


「ヒュー……!」

「はい……」


 感極まって胸に飛び込んだメルザを、優しく抱き留める。

 この温もり……僕は絶対に手放したりはしない。


「吉報を、お待ちしております……」

「はい、必ずや……」


 そう言うと、メルザはゆっくりと離れ、無理やり笑顔を作る。


 だから。


「あ……」


 僕は、メルザの頬にそっと口づけをした。

 大切な彼女への、誓いの証として。


「では!」


 僕は馬に(またが)り、馬首を返す。

 そして……僕は、僕の復讐を果たすための目的の場所へ、馬を走らせた。


 最愛の女性(ひと)に、見送られて。


 ◇


「ヒューゴさん、お待ちしていました」

「パートランド卿!」


 大公殿下から指示された所定の場所……皇宮の門の前へとやって来た僕は、パートランド卿と合流する。


「それで、皇室は何と?」

「はい、そこは大公殿下が既に皇帝陛下と調整を終えておりますので、あとはこの広場にいる五百人の兵士で待ち構えるのみです」


 今回のクーデターに合わせ、大公軍のうち五百人を皇宮に配置している。

 おそらくは、グレンヴィル侯爵は自前の騎士団百人にバルド傭兵団の三百人の、合計四百人の軍勢でやって来るだろうけど、バルド傭兵団はパートランド卿の合図でこちらに寝返る手筈になっている。


 そうなれば、八倍の兵力差になり、もはやグレンヴィル侯爵に勝ち目はない。

 その時点で、グレンヴィル侯爵の……あの男の野心が潰えるんだ……。


「ははっ」


 僕は思わず、声を出して(わら)う。

 あの男の、絶望に染まった顔を思い浮かべて。


 それから僕達は、作戦の最終確認や装備のチェックを繰り返し、万全を期していると。


「はっは、いやはや疲れたわい……」

「大公殿下!」


 苦笑しながらやって来た大公殿下に、僕は駆け寄った。

 なお、大公殿下にはあらかじめサウセイル教授が作成した携帯用の転移魔方陣を持っていただいていた。

 このため、大公殿下はオルレアン王国の国境付近との短時間での往来が可能となっている。


「お疲れ様でした。それで、向こう(・・・)はいかがでしたか?」

「うむ。蜂起したセネット子爵共は無事蹴散らしたのじゃが……」


 大公殿下に結果を尋ねると、どうにも歯切れの悪い答えが返ってきた。


「何かあったのですか?」

「それが……ノーフォーク辺境伯までもが蜂起しおった……」

「え……?」


 ノーフォーク辺境伯、って……母上の実家が!?


「ど、どうして……」

「分からぬ……じゃが、これは事実じゃ。今、皇国軍をノーフォーク領に向けて進軍させておる」

「そう、ですか……」


 ……元々、グレンヴィル侯爵と母上は政略結婚で結ばれたんだ。今回のクーデターに関しても、お互いの利害関係が一致した、ということなんだろう。


「……婿殿。今はグレンヴィル侯爵を捕らえることに集中するんじゃ」

「はい……」


 大公殿下のごつごつした大きな手で肩を叩かれ、僕は前を向く。

 そうだ……僕は、グレンヴィル侯爵を絶望に落とすことだけ考えるんだ。


 そして、夜も更けて日付が変わる、その時。


 ――グレンヴィル侯爵の軍勢が、姿を現わした。

お読みいただき、ありがとうございました!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!


評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ