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投げられた賽

「む! ならば、これでどうじゃ!」


 第一皇子の誕生パーティーが行われてから一か月後の朝。

 僕は、大公殿下に日課となっている剣術の稽古をつけていただいている。


 なお、剣術に関してはもう僕のほうが実力は上ということで、今は僕が木剣なのに対し、大公殿下は木の槍を持っている。

 そもそも、大公殿下の本領は槍……というよりもハルバードであるので、むしろこの姿こそが、本当の大公殿下の強さだ。


「ぐ……っ!」


 腹に一撃を食らい、僕は膝をつく。

 はは……さすがに大公殿下は強い。


「ふう……一旦休憩にするかの」

「大公殿下! まだいけます!」

「はっは、これ以上は私もしんどいのでな……少しは老骨を労わってくれ」


 僕はすぐさま立ち上がって大丈夫だとアピールするが、苦笑する大公殿下にたしなめられた。


「ふふ……ヒュー、お爺様、お疲れ様です。冷たいお茶を用意してありますよ」

「おお! これは気が利くわい!」

「メルザ、ありがとうございます!」


 僕と大公殿下は椅子に腰かけ、メルザからお茶を受け取ると一気に飲み干した。


「ふう……美味しい……」

「それにしても、ヒューったら随分と熱がこもっていましたね」

「もちろんです! やっぱり大公殿下との稽古は楽しいですから!」

「はっは、そう言ってもらえると鍛え甲斐があるわい……じゃが、得意の槍でさえ婿殿を相手にするのも厳しいから、すぐに追い越されてしまいそうじゃのう……」


 大公殿下はそんなことを言っているけど、元々、剣と槍ではリーチも違い過ぎるし、僕のほうが圧倒的に不利なのは分かっている。

 だから、これは大公殿下なりのお世辞なんだろう……って。


「……お爺様、ヒューは相変わらず勘違いしているようです」

「うむう……これは婿殿の期待を裏切れんわい……」


 ? どうして二人は、そんな神妙な顔をしているんだろうか……。


 すると。


「お館様、パートランド様がお見えになられました」


 執事長がやって来て、そう告げた。


「オリバーが? 分かった、執務室に通しておいてくれ」

「かしこまりました」


 恭しく一礼し、執事長が戻っていく。


「……婿殿、どう思う?」

「ひょっとしたら、向こうに何か動きがあったのかもしれませんね……」


 そう答え、僕と大公殿下は頷き合った。

 サファイア鉱山の調査と採掘が始まってからもう二か月近く経つから、いよいよ準備が整ったとみるのが正しいだろう。


 僕は、拳に力を込める。


「ヒュー……」

「あ……メルザ……」


 メルザが僕の拳に手を添え、ニコリ、と微笑んだ。

 僕は、その白い手をギュ、と握ると。


「メルザも、同席してくれますか?」

「もちろんです。私は、いつもヒューと共に」

「ありがとう、ございます……」


 僕達は、パートランド卿が待つ執務室へと向かう。


「すまん、待たせたの」

「いえ。突然の訪問、失礼しました」


 ソファーから立ち上がったパートランド卿に手で合図し、大公殿下は座るように促す。

 そして、彼の前に大公殿下が座り、僕とメルザはその後ろで立ったまま控える。


「それでオリバー、何があった?」

「はい。バルドの元に、グレンヴィル家の者から接触がありました。また、それに合わせて武器商人のネイサンのところからも、武器を大量に買い付けたようです」

「「「っ!?」」」


 その報告に、僕達三人は息を飲んだ。


「それだけではありません。セネット子爵以下、オルレアン王国国境付近の貴族達もそれに呼応するように、家同士での往来が活発になっております」

「ふむう……これは、間違いないの……」

「そ、それで、具体的にこれからどう動くかについて、何か情報はありますか!?」


 僕はたまらず身を乗り出し、パートランド卿に尋ねる。


「どう動くかについては、むしろこちらの出方次第といったところでしょう。何より、グレンヴィル侯爵が頼りにしている武器と兵士は、こちらが抑えているわけですから」

「あ……そ、そうでしたね……」


 パートランド卿に淡々と告げられ、僕は冷静さを取り戻す。

 そうだった……主導権は、あくまでも僕達にあるんだった……。


「ふむ……ならばバルドの奴を通じて、一週間後に合流すると伝えよ。もちろんネイサンにも、それに間に合うように例の品をグレンヴィル侯爵に納めるようにともな。ああそれと……」


 その後も、大公殿下がパートランド卿に細かく指示を出す。

 後ろで聞いている僕は、その的確な指示内容に舌を巻くばかりだった。


 いつか、この僕も大公殿下みたいに……。


 そして。


「かしこまりました」


 パートランド卿が立ち上がって一礼すると、執務室を出て行った。


「さて……いよいよ一週間後、じゃ」

「はい……」


 とうとう、グレンヴィル侯爵が(さい)を投げた。

 それが……自分を破滅に導く結果になるとも知らずに。


「ヒュー……大丈夫ですか?」


 メルザが心配そうに僕を見つめる。

 はは……メルザはいつだって、僕だけを見ていてくれるよね……。


 それがどれだけ、この僕を救ってくれるか……満たしてくれるか……。


「メルザ……僕は大丈夫ですよ」

「ヒュー……」


 僕はメルザを強く抱きしめ、ただゆっくりと頷いた。

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