月明かりの下で
「はっは! メル、婿殿、初めてのパーティーはどうだったかの?」
パーティーが終わった帰りの馬車の中、大公殿下が嬉しそうに尋ねる。
「はい……皇帝陛下や二人の皇子殿下、それに他の貴族の方々のお相手は大変でしたが……メルザがいてくれたおかげで、すごく楽しかったです」
「私も同じです。ヒューがずっと傍にいてくれたことが、どれほど心強かったことか……それに、念願のダンスも踊れましたし……」
そう言って、メルザが僕の手を取って嬉しそうにはにかむ。
もちろん僕も、メルザと一緒に踊った今日のダンスは、一生忘れないだろう。
「はっは! それは良かった! じゃが、これからは二人も社交の場に出る機会が増えてゆくじゃろう。もっと経験を積んでゆかねばの」
「はい! 実はパーティーの場で、何人かの令嬢からお茶会のお誘いなども受けたんです!」
今まで噂のせいでずっと勘違いされ続けてきたメルザだけど、今日の彼女の姿を見て噂が払拭されたんだろう。
それで、メルザのところに他の令嬢が来て、お茶会に誘ってくれたりしたのだ。
僕もメルザに友達が増えるきっかけにもなるし、何より本当のメルザを知ってもらえてすごく嬉しい。
だってメルザは、ただヴァンパイアの混血というだけで普通の女性なんだから。
……いや、普通じゃないか。
メルザは女神よりも素敵で、慈愛に満ちている世界一の女性だからね。
「あ……ふふ、ヒューったら、顔に出ていますよ?」
「え? そ、そうですか……」
「はい!」
僕も何がとは聞かず、恥ずかしさから頬を掻いて苦笑した。
そんな僕を見ながら、メルザがクスクスと笑っている。
「いやはや、メルと婿殿は相変わらず仲が良いのう」
「ふふ……当然です。ヒューは、私の運命の御方なのですから」
ニンマリしながら話す大公殿下に、メルザは人差し指を口元に当てながらはにかんだ。
うん、そんなメルザの姿も尊い。
「はっは、では少しだけ真面目な話をするかの」
大公殿下の雰囲気が変わったのを察し、僕とメルザは居住まいを正す。
「皇宮を出る直前、オリバーから報告を受けた。グレンヴィル侯爵がサロンに入り、代わるがわる他の貴族と話をしておったとな」
「はい……」
まあ、それは予定どおり。
元々このパーティーの場を利用して、セネット子爵以下オルレアン王国からサウザンクレイン皇国に寝返った貴族達と繋がっていることは分かっているから。
「じゃが、その数が思いのほか多かったようじゃ。中には、建国当時からの名門もおったらしい」
「っ!? ほ、本当ですか!?」
「うむ……全く、嘆かわしいかぎりじゃ……」
そう言って、大公殿下は顔をしかめ、かぶりを振った。
グレンヴィル侯爵め……そこまで手広く同調者を得ていたなんて……。
「おそらく、此度のクーデターを阻止した後には、この国は大揺れに揺れるじゃろうの……」
そうなると、皇国の基盤そのものが揺らぎかねない。
結局、クーデターが成功しようがしまいが、皇国として大ダメージを受けることになるな……。
「……いずれにせよ、喜ぶのはオルレアン王国だけ、ということですか……」
「うむ……連中め、上手いことやりおったわい……」
大公殿下が腕組みし、唸った。
「……ですが大公殿下、これはよいきっかけになるのではないでしょうか」
「婿殿?」
「よく考えてみてください。今回のクーデターについて、既に僕達はそれを阻止するための搦め手を用意しています。そしてこれを機に、反皇帝派は一気に粛清されます」
「う、うむ……」
「それに、当然ですが粛清された反皇帝派の貴族の領地や財産は、全て皇国に接収されることになります。それを、忠誠を誓った皇帝派に分配することで、皇帝の力がより盤石になるかと」
「なるほど……確かにの……」
僕の言葉に、大公殿下が顎鬚を撫でながら頷く。
すると。
「? メルザ?」
「いえ……ふふ、ヒューは本当にすごいですね。お爺様を打ち負かすほどの剣術の腕に加え、そういった先の先まで読む思考までお持ちなのですから」
「はは……そんなことないですよ。そもそも、剣術に関しては大公殿下直伝なわけですし、そういった政治的な考えについては、以前の人生で、独学で学ぶための時間が有り余っていただけですから……」
メルザに羨望の眼差しで見つめられ、僕は恥ずかしくなってうつむいてしまった。
「はっは! 全く、ウッドストック家にとって、婿殿が来てくれたことはまさに幸運というほかないの!」
「ええ! お爺様のおっしゃるとおりです!」
「あうう……ふ、二人共、もうそのくらいで……」
あまりにも二人に褒めそやされ、僕は屋敷に着くまで小さくなったままだった。
◇
「ふふ……今日は楽しかったですね」
屋敷に戻り、僕とメルザはいつもの庭園のテラスに座りながら談笑していた。
というのも、初めてのパーティーは緊張と興奮で、二人共目が冴えてしまっているのだ。
「はい……メルザと一緒のパーティーは最高でした。復讐を終えてまた、一緒にパーティーに参加しましょうね?」
「もちろんです……それで、一つわがままを言ってもよろしいでしょうか……?」
メルザが上目遣いでおずおずと尋ねる。
「あはは、メルザのわがままなら大歓迎ですよ。むしろ、普段は遠慮するところがあったりするので、これからもどんどん言ってください」
「ふふ、ヒューったら……では、その……もう一度、私と踊っていただきたいんです……」
……メルザのわがまま、なんて可愛らしいんだろうか。
僕は席を立ち、メルザの前で跪く。
「メルザ……どうかこの僕と、踊っていただけませんでしょうか……?」
「はい……」
メルザが差し出した僕の手を取ると、僕達は庭園の中央へ向かう。
そして。
「ふふ!」
「あはは!」
僕とメルザは、優しく照らす月明かりの中、心ゆくまでダンスを楽しんだ。
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