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初めてのダンス

「……これは皇国の星、お初にお目にかかります……」


 僕とメルザは、この皇国の第一皇子である“クリフォード=フォン=サウザンクレイン” に恭しく一礼する


「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。それより……君がグレンヴィル卿の長男というのは本当なのかな?」

「はい、そのとおりです」

「ふむ……今までグレンヴィル卿からはルイス子息とアンナ令嬢しか紹介されていなかったから、まさか君のような子息がいるとは思いもよらなかった」


 そう言うと、第一皇子は僕を興味深そうに見た。


「それで……この僕に何か?」

「ん? いや、あの(・・)大公殿下が初めて身内をパーティーに連れてきたのでな。非常に興味が湧いたのだ」

「そうですか……」


 まあ、関心を持たれることは承知していたし、別にいいといえばいいけど……。

 それに、気を遣っているのか、メルザに対していやらしい視線を送ることもないしね。


「ふむ……やはり、あのグレンヴィル侯爵とはあまり似つかわしくないな」

「そうでしょうか?」

「ああ、君にはあまり野心家な様子は感じられない。ルイス子息やアンナ令嬢などは、自分の欲に忠実だがな」


 そう言って肩を(すく)める第一皇子に、僕はつい吹き出しそうになった。

 確かにあの二人、節操がないからね。


「あはは……ですがクリフォード殿下、僕にそのようなことを聞かせても大丈夫ですか?」

「ん? もちろん構わないとも。これでも一応、見る目はあるつもりだ」

「そうかもしれませんね」


 第一皇子の雰囲気にあてられてしまったからだろうか。

 思わず僕も、そんな言葉を返してしまう。


「さて……君達ともっと話をしていたいところだったが、あいにく私は来賓に挨拶をしないといけないらしい。名残惜しいが、これで失礼するよ」

「はい、こちらこそ失礼しました」


 手をヒラヒラさせながら、第一皇子は別の貴族に声をかけにいった。


「……メルザ、どうでしたか?」

「……あまり良い感情、とは言えませんね」


 口調は軽く、物腰も柔らかい。

 何も知らない者からすれば、そんな第一皇子に簡単に惹かれてしまうだろうな……。


 まあ、皇帝になる上では、必要なカリスマ性というものなのかもしれない。

 だけど僕にとって重要なのは、僕とメルザ……ひいては大公家にとって害になるかどうかだ。


 その意味では、メルザの能力で感じたものは僕達にとって受け入れられるものじゃなかった、ということだ。

 おそらく、今はまだ僕達のことを測りかねているというのもあるのだろう。


「いずれにせよ、要注意ですね」

「ええ」


 僕とメルザは、頷き合った。


 ◇


 ホールに音楽が流れ出し、第一皇子と第二皇子が、それぞれパートナーと一緒にダンスに興じている。


 というか、第二皇子にはちゃんとパートナーがいたことに、安心している僕がいた。

 つまり、メルザに横恋慕したりは……いや、メルザはこんなに容姿も心も綺麗なんだ、油断できない。


「……ヒュー、踊らないんですか?」

「あ、あはは……実は、ダンスに関してはマナーや見よう見まねでの練習はしたことがあるんですが、その……誰かと踊ったことなんて、ないんです……」


 おずおずと尋ねるメルザに、僕は苦笑しながら答えた。

 グレンヴィル侯爵家にいた時は、ルイスやアンナがダンスの練習をしているところをコッソリ(のぞ)き見しては、一人あの庭園で練習したっけ……。


「で、でしたら! 私も踊ったことなどありません!」


 メルザがずい、と身を乗り出し、そんなアピールをした。

 これは、メルザなりに僕をダンスに誘ってくれているんだろう。


 だけど。


「……二人共踊ったことがないのなら、このような場で踊るのはまずいのでは……」

「あう……」


 うん……もし踊ったりしたら、間違いなくメルザに恥をかかせてしまいそう……。

 結局僕達は、ホールの中央で楽しそうに踊る人達を羨ましそうに眺めていた。


 その時。


「やあ、メルトレーザ様。よろしければ、俺と踊っていただけませんか?」


 ……よりによって、ルイスの奴がメルザをダンスに誘ってきた。


「お断りします」

「どうして? パーティーの場でダンスに誘われれば、踊ってくださるのが礼儀ですよ?」


 さも当然と言わんばかりに、ルイスはそんなことを言い放った。

 確かに、このような場ではそういった暗黙のルールみたいなものは存在するけど、だからといって断れないわけじゃない。


 でも……この時の僕は、このルイスに変な対抗意識を燃やしてしまった。


「悪いなルイス。メルザはこれから僕と踊るんだ」

「え? 兄さんと?」


 信じられないといった表情で僕を見るルイス。

 おそらくコイツは、僕には踊れないと考えているんだろう。


「やめなよ兄さん。一度だってダンスのレッスンを受けたこともないのに、メルトレーザ様に恥をかかせるだけ……「ヒュー! 踊りましょう!」」


 呆れた表情で告げるルイスの言葉を遮り、メルザは嬉しそうに僕の手を握った。

 あ……メルザは、僕と踊るのをこんなに楽しみにしてくれていたんだ……。


「そういうわけだ。他をあたるといい」

「いやいや、だったら兄さんの次にお誘いしたいのですが?」

「ふふ……それは無理です。だって、私はヒューと心ゆくまでダンスを堪能しますから」


 嬉しそうに微笑むメルザ。

 うん……踊ったことがないとか、そんなことを言っていられない。

 僕は、全力でメルザとダンスを踊ってみせる!


「メルザ……行きましょう」

「ええ」


 ホールの中央へ行き、僕はメルザの腰を抱いて音楽に合わせて踊り出す。


「ふふ……ヒュー、お上手ではないですか……」

「あはは……見よう見まねでも、案外踊れるものですね」

「いえ、むしろ他の殿方よりも、ヒューのほうが素敵なダンスを踊っていますよ?」


 クスリ、と微笑みながら、メルザは華麗にターンを決める。

 もちろん、僕もそれに合わせて身体を引き寄せた。


 そして。


 ――パチパチパチパチ!


 曲の終わりと共に、周囲から拍手が起こった。

 はは……どうやら、僕とメルザに向けられているらしい。


「メルザ、楽しかったですね!」

「はい! ふふ……また踊りましょうね!」


 額に珠のような汗を浮かべ、最高の笑顔を見せるメルザ。


 そんな彼女の美しさに、僕はただ見惚れていた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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