いざ、大公家へ
「お館様、ヒューゴ様をお連れいたしました」
「失礼します」
父の返事を待たず、僕は部屋の中へと通される。
「ヒューゴ、分かっているな。今回の貴様の大公家への身売りは、グランヴィル侯爵家の未来をも背負っていることを」
「承知しております」
膝をつき、首を垂れながら僕は答える。
だけど……はは、オマエからすれば願ってもみなかった話だろうに。それを、何をもったいぶって言っているんだか。
「分かっているならいい。それと、今日はあくまでもウッドストック大公殿下のご令孫との顔合わせのみだ。正式に大公家へと入る時期については、殿下と私で調整する」
「分かりました」
「うむ……では、行ってまいれ」
「失礼いたします」
恭しく一礼した後、屋敷を出て用意されている馬車へと乗り込む。
はは……大公家の噂を知っているだろうに、僕の見送りはエレンだけか。
所詮、僕という存在なんて目障りでしかないということの証左だ。
まあ……そのおかげで、僕としても一切手心を加えずに済むけどね。
「ヒューゴ様。無事、大公家に入ることになったあかつきには、このエレン、お供させていただきます!」
「はは……そうだね」
そうやって、大公家でも僕の監視を続けるつもりなんだろう。
ちゃんと僕が、大公家を牛耳ることができるかどうかを。
「では、行ってくる」
「どうぞお気をつけて」
御者に指示し、一路王都の中心にあるウッドストック大公家を目指す。
ゆっくりと進んだとしても、ものの三十分もあれば到着するだろう。
「はは……!」
汗ばむ手を握りしめ、僕は思わず嗤う。
とうとう僕は、あのグレンヴィル侯爵家から脱出したんだ……!
あとは、予定どおり大公家の全てを牛耳り、侯爵家をこの国から抹消するだけ。
その時まで、お別れだ。
僕は遠ざかるグレンヴィルの屋敷を、見えなくなっても眺め続けた。
◇
「ヒューゴ君、よくぞまいった!」
ウッドストック大公家に到着するなり、大公殿下が満面の笑顔で出迎えてくれたことに、思わず面食らってしまった。
「わ、わざわざお出迎えいただき、恐悦至極に存じます」
「はっは、これから家族になるというのに、そのような堅苦しい挨拶など無用じゃ!」
大公殿下は豪快に笑い、僕の背中を叩いた。
なんというか、その……この前会った時よりも、随分くだけた感じだな……。
「では、あやつも首を長くして待っていることじゃろうし、早速行くとしようぞ」
「はい」
大公殿下と共に屋敷の中へと入り、そのまま一番奥の部屋へと通される。
そこには。
「ここが……」
「うむ、我が大公領の本邸へと繋ぐゲートじゃ」
部屋の中央の床に、半径に三メートルほどの転移魔法陣が描かれており、それを囲むように人の頭ほどの大きさの魔石が四つ、台座に置かれていた。
あのサイズの魔石となると、一体いくらになるんだろうか……。
「はっは、驚いたか?」
「は、はい……本当に、すごいですね……」
「そうかそうか。だが、私達の家族になれば、これも全てヒューゴ君のものじゃ」
柔らかい瞳で僕を見つめながら、そう告げる大公殿下。
……まるで、この僕の……いや、グレンヴィル侯爵の思惑を見透かしているとでも言うかのように。
「さあ、この魔法陣の上に乗るのじゃ」
「は、はい」
「行ってらっしゃいませ、お館様、ヒューゴ様」
大公殿下と一緒に魔法陣の上に立つと、執事やメイド達が恭しく頭を下げた。
そして、魔法陣が部屋全体を覆いつくすほどの眩しい光を放ったかと思うと、周囲が一瞬のうちに別の部屋に変わった。
「お帰りなさいませ、お館様。そしてヒューゴ様、ようこそお越しくださいました」
さっき皇都の屋敷で見たのとは別の執事達が、一斉に頭を下げた。
「うむ。あやつは……“メル”は変わりないか?」
「はい。息災に過ごされております」
「うむうむ、そうかそうか」
執事の答えを聞き、大公殿下が満足そうに頷いた。
「殿下……失礼ですが、その……“メル”様、というのは……?」
十中八九間違いはないものの、念のために尋ねる。
「おお、グレンヴィル卿に聞いておらなんだか。“メルトレーザ=オブ=ウッドストック”、つまりは私の孫娘じゃ」
「そうでしたか……それは大変失礼いたしました……」
「いやいや、聞かされておらねば知らぬのは当然じゃ」
僕の謝罪にも、大公殿下はなんでもないとばかりにカラカラと笑う。
そんな姿を見て、僕は……何故か、顔を背けてしまった。
「では、いよいよメルに会ってもらうとするかの」
そう言って、大公殿下はゲートのある部屋を出て屋敷の階段を上っていく。
いよいよ……大公の孫娘、メルトレーザ嬢にお会いするのか。
ギュ、と手を握りしめ、大公殿下の後に続き、屋敷の最も高い場所にある部屋の前へとやって来た。
「ここに、孫娘の“メル”がいる」
先程までの柔らかい雰囲気から一変し、大公殿下は今まで感じたことがないほどの威圧を放つ。
――メルトレーザ嬢と面会をした後、大公家に入らなければ消す。
そう、言外に告げているかのようだった。
だから。
「では、メルトレーザ様にお逢いしてまいります」
僕は表情を緩め、大公殿下にそう告げた。
そんな僕の雰囲気に面食らったのか、大公殿下はキョトン、とした表情を浮かべた後。
「ふわっははははは! そうかそうか! 心ゆくまで会話を楽しむとよい!」
豪快に笑い、僕の背中を嬉しそうに何度も叩いた。
それだけ、僕が本気だということを理解してくれたのだろう。
そんな大公殿下に見送られ、僕は扉に手を掛けた。
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