慟哭
「失礼します」
執事に執務室へと通され、机に座って書類を眺めている男……グレンヴィル侯爵に恭しく一礼する。
「む……来たか」
顔を上げ、ジロリ、と僕を見るグレンヴィル侯爵。
「まあいい、そこに座れ」
「失礼します」
ソファーに座ると、執事が紅茶を注いだティーカップをテーブルに置いた。
そして、僕の目の前にグレンヴィル侯爵が座る。
「さて……お前を呼んだのは他でもない。最近、アスカム男爵領にある山を手に入れたらしいな」
「……父上、どうしてそれを?」
僕はわざと訝し気な表情を浮かべ、尋ねた。
「質問に答えろ。山を手に入れたのか、どうなのだ」
「……はい。先日、大公殿下からこの前の遠征に従軍した褒美として賜りました」
そう告げると、グレンヴィル侯爵が満足げに頷く。
「それで……その山をお前はどうするつもりだ?」
「今は特に考えておりません。ただ、サファイアの鉱石が見つかったので、まずはどれくらいあるのか、調査と採掘を同時並行で行っている最中です」
「ふむ……なるほどな……」
僕の言葉を聞き、グレンヴィル侯爵は口元を押さえながら思案する。
「……さすがにその山をお前から譲り受けるわけにはいくまい。ならば、サファイアの調査と採掘、このグレンヴィル家で受け持ってやるが……どうだ?」
「どうだ……と申されましても……」
グレンヴィル侯爵の提案に、僕は困惑する素振りを見せた。
「何だ? どこの馬の骨とも分からんような連中に調査と採掘を任せていては、サファイアは全て奪われてしまうぞ。ならば、信用のおける家族に任せれば安心できると思わないのか?」
「…………………………」
この男が吐いた家族という言葉に、僕は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
今さら……都合のいい時だけ、家族なんて言葉を吐くのか……。
これまでの六回の人生では、一度だってその言葉を向けてくれたことなんてないのに……っ。
口惜しさとやりきれなさでどうにかなりそうだけど、僕は深呼吸をして何とか気持ちをやり過ごす。
「……では、この僕にどうしろと?」
「さっきから言っているだろう。お前の山の調査と採掘を、グレンヴィル家に依頼しろ。そうすれば、この私が損のないように上手く運用してやる」
はは……採掘だけでなく、サファイアまでまるで自分のもののように扱う気になっているよ……。
僕は数瞬考えるふりをしながらグレンヴィル侯爵の様子を窺うと、まるで早く「はい」と答えろと言わんばかりに僕を睨みつけていた。
その視線は、どう考えても実の息子に向けるものじゃない。
「……分かりました。あの山の調査と採掘、父上にお任せします」
「フン……最初から答えなど決まっているだろうに、このぐずめ。そういうところは、まるでアイツと同じだな」
「……アイツ、とは?」
僕が自分でも驚くほど低い声で尋ねると、目の前の男はしまったと言わんばかりの表情を浮かべ、顔を背けた。
「……鉱山の調査と採掘の事業は、ルイスに任せる。分かったな」
「…………………………」
「返事は」
「……はい」
すると、もう用は済んだとばかりにグレンヴィル侯爵は立ち上がり、自分の机へと戻っていった。
「……失礼します」
一言そう告げ、僕は執務室を後にする。
でも……グレンヴィル侯爵は、僕に一瞥もくれることはなかった。
◇
「はは……こんなの、最初から分かっていたことじゃないか……」
帰りの馬車の中、僕は独り言ちる。
そう……最初から予定どおりだ。
グレンヴィル侯爵があの山の調査と採掘を申し出ることも、強制的に従わせることも、そして……僕に一切の興味がないことも。
だって僕は、あの男の道具以下なのだから。
「メルザと大公殿下に、上手くいったことを報告しないと、ね……」
うん……これで全ての準備が整ったんだ。
あとは、グレンヴィル侯爵が蜂起するタイミングを待つだけ。
その時こそが、あの男の……グレンヴィル侯爵家の最後だ……って。
「あ……もう着いたのか」
窓の外には、僕の家……ウッドストック大公家の屋敷が見える。
はは……メルザは、僕を待っているのかな?
そんなことを考えながら、馬車が停車するのを待つ。
そして。
「あ……」
玄関には、メルザがたくさんの使用人を従えて待っていた。
グレンヴィル侯爵家では、誰一人として出迎えなかったのに。
僕は、馬車からゆっくりと降りると。
「ヒュー!」
メルザが駆け寄り、僕の手を握ってくれた。
「ヒュー、お疲れ様でした……それで、いかがでしたか?」
心配そうな表情で、僕の顔を覗き込むメルザ。
「はい……やはり、あの山の調査と採掘をグレンヴィル家に任せるようにとの話でした」
僕は微笑みながら、そんな答えを返した。
でも。
「そうではありません……ヒュー、あなたは大丈夫なのですか……?」
「あ……」
ああ……そういうことか。
なら、メルザを心配させるわけにはいかない。
「はは……もちろん大丈……っ!?」
満面の笑みを作って、大丈夫だって言おうとした瞬間、メルザが今にも泣きそうな表情を浮かべた。
そうだった……メルザには嘘が分かるんだよね……。
「ヒュー……!」
メルザが背伸びして、僕の頭を優しく抱きしめてくれた。
「僕は……やっぱりあの男にとって、息子でもなんでもありませんでした……」
「はい……」
「僕は、変わらず家族ではありませんでした……」
「ヒューの家族は、私とお爺様です……」
「僕は……僕は……うああああああ……っ!」
僕は、メルザの胸の中で慟哭する。
心の中にある、悔しさ、口惜しさ、虚しさ、それらを全て吐き出すように。
そんな僕を、メルザはただ優しく、いつまでも抱きしめてくれた……。
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