久しぶりのグレンヴィル邸へ
「やあ、兄さん」
次の日の朝。
まるで僕達が来るのを待ち構えているかのように、ルイスの奴が学舎の入口で声をかけてきた。
「……何の用だ?」
「つれないなあ。せっかく、父上からの伝言を預かってきたっていうのに」
「伝言だって?」
僕はまるでそれを待ち望んでいたかのように、身を乗り出してルイスに尋ねた。
「ハハ、相変わらず兄さんの父上に対する忠誠は見事なものだね」
「そ、そんなことより、父上はなんと?」
肩を竦めながら苦笑するルイスに、僕は話を急かす。
「分かったよ。父上から、『今日、学院が終わったら屋敷へ来るように』だってさ」
「僕が、屋敷に……」
まるで噛みしめるように、その言葉を反芻する。
「何だったら、メルトレーザ様も一緒にどうですか? 兄さんが父上と話をしている間、この俺がおもてなしをさせていただきますが?」
「ふふ、ご冗談を。せっかくの家族水入らず、この私が邪魔をするわけにはまいりませんので」
クスクスと笑いながら、メルザはルイスの申し出を丁重に断った。
「ふう……残念だなあ……せっかく、姉になるあなたと仲良くなりたいと思ったのですが……」
「私は仲良くなるつもりはありませんので、あしからず」
扇で口元を隠し、メルザは興味ないとばかりにそっぽを向いてしまった。
それにしても……どうしてコイツは、兄の妻になる女性に手を出そうとするんだろうか……。
本当に、理解できない。
「とにかく、用件は分かったからもういい。メルザ、行きましょう」
「ふふ……ええ」
ルイスに応対した時とは打って変わり、メルザは微笑みながら手を差し出した。
僕は彼女の手を取り、学舎の中へと入っていく。
「…………………………チッ」
そんな僕達を眺める、ルイスの舌打ちを背中越しに聞きながら。
◇
「では、行ってまいります」
「ヒュー……気をつけてくださいね?」
全ての授業が終わり、馬車の扉の前でメルザが心配そうな表情でそう告げる。
「はい。少なくとも、僕がいなければあの男もサファイア鉱山を手に入れることができないわけですから、無下に扱ったりはしません」
「そうだといいのですが……」
「メルザ……あなたは僕の帰りを待っていてください。必ず、良い知らせを持って帰りますから」
「はい……では、お気をつけて……」
名残惜しそうに僕の手を放し、馬車に乗ってメルザは屋敷へと帰っていった。
「さて……じゃあ行こうか」
僕は大公家から用意されたもう一台の馬車に乗り、一路グレンヴィル侯爵家を目指す。
なお、ルイスは寄宿舎住まいなので一緒には行かない。
これがメルザも一緒に、ということであれば、アイツは絶対に来ていたはず。
まあ、そんなことは絶対に認めないけど。
そして。
「はは……相変わらず変わってない、な……」
馬車がグレンヴィル侯爵の屋敷に到着しても、そこには誰もいなかった。
以前は少なくともエレンだけでも出迎えてくれたから、より悪くなった感じだな……。
馬車を降り、屋敷の扉を叩く。
「ヒューゴ様、お館様がお待ちです」
挨拶もなく、淡々と用件だけを告げる執事。
働くメイド達も、僕を見て顔をしかめながらヒソヒソと話している。
すると。
「あら? お兄様、帰ってきたのですか?」
「アンナ……」
現れたのは、クスクスと笑う妹だった。
「ひょっとして、メルトレーザ様に見限られたとか?」
「違う。父上から屋敷に来るようにと申しつけられたんだ」
「へえ……お父様が、ねえ……」
そう呟き、アンナがじろじろと値踏みするように僕を見つめる。
「うふふ……ですが、大公家に入れてよかったですね? この家では、居場所がありませんでしたから……」
「…………………………」
「まあ、せいぜいこの私のために頑張ってくださいね? お・兄・様」
最後は嘲笑いながらそう告げると、アンナはどこかへ行ってしまった。
はは……相変わらず自分本位で、この家のことすら何とも思っていないんだな……。
そのくせ世渡りだけは上手いんだから、まあ、貴族の令嬢らしいといえば、らしいのかな。
四回目の人生では、魔獣に食われている僕を嬉しそうに嗤っていたくらいだからね。
僕は口の端を一瞬だけ持ち上げ、また執務室へと向かう……んだけど。
「……何故あなたがこの屋敷にいるのですか?」
ハア……今度は義母か……。
「義母上、お久しぶりです」
「そんなことより質問に答えなさい。どうしてこの家に相応しくないあなたが、ここにいるのですか?」
僕は恭しく一礼するも、憮然とした表情でもう一度尋ねる義母。
この女も、変わらず僕のことが憎いらしい。
はは……後継者はルイスになり、僕なんてなんの立場もないのに、どうしてコイツは僕のことを目の敵にするんだろうか。
それこそ、三回目の人生で僕を焼き殺すほどに。
「……父上より、学院の授業が終わり次第来るように仰せつかりました」
「ふう……そうですか。なら、用件が済んだらすぐにでも去るのですね。汚らわしい」
「…………………………」
その一言を残し、義母は去っていった。
ああ、僕もそのつもりだ。
こんなところ、一秒たりともいたくない。
義母の背中を一瞥した後、僕は今度こそ執務室へと向かった。
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