あなたが待っているだけで
「では、いきますよ~!」
サウセイル教授が魔法陣の上に立ち、両手を山へと向けると、空中に直径一メートルほどに圧縮された火球が現れた。
「あの火魔法……かなりの威力ですね」
火球を眺めながら、メルザがポツリ、と呟く。
さすがはヴァンパイアだけあって、メルザにはその威力が一目瞭然のようだ。
そして。
「や~!」
何とも気の抜けた掛け声とは裏腹に、凶悪な威力を秘めた火球がものすごい勢いで山の中腹へと放たれた。
――ドオオオオオオオオオオオンンンッッッ!
山へと着弾し、すさまじい音と爆風が僕達にも向かってきた!?
「メルザ!」
「は、はい!」
僕は爆風と飛んでくる石からメルザを守るため、彼女を抱きしめて背中を向ける。
「ヒュ、ヒュー、大丈夫ですか!?」
「はい。いくつかの石が背中に当たりましたが、大したことはありません」
心配そうに覗き込むメルザを安心させるため、僕はわざとおどけてみせた。
なお、大公殿下とモニカ教授は石を全て剣で打ち払い、サウセイル教授は魔法で防御壁を張っていたようでこちらも無傷だった。
「さて……では、サファイアの鉱石が現れたか、確認してみるとするかの」
「そうですね」
僕達は砕けた山の中腹へと向かう。
もちろん、メルザはお姫様抱っこで僕が連れて行く。
「……どうですか?」
「うむ……先程のシェリルの魔法で一部溶けてしまってはいるが、確かにサファイアの原石のようだ。見たまえ」
モニカ教授に手渡された石を見ると、確かに石の断面から青い鉱石が姿を覗かせていた。
「はっは、本当にサファイアが見つかるとはのう……」
「何ですか? お爺様はヒューを信じていらっしゃらなかったのですか?」
「そそ、そんなことはないぞ! そうでなければ、わざわざこんな山を買ったりするはずがなかろう!」
メルザに詰められ、大公殿下が慌てて否定する。
「ですが……これでいよいよ揃いましたね」
「はい……」
大公殿下から離れて傍に来たメルザの言葉に、僕は感慨深げに頷いた。
そう……これで、いよいよ僕の復讐を果たすことができる。
六回目の人生の最後、地下牢の中で誓った、あの男への復讐を。
◇
「ふふ! ヒュー、それにしても良かったですね!」
アスカム男爵領で山を購入し、サファイアの鉱石を発見してから一週間後、僕達は皇都の屋敷へと戻ってきた。
本当ならもっと早く帰ってこれたんだけど、せっかくだからということでウェルトンの街で三日間のんびりと過ごしたのだ。
あの街もこれといって観光的には何もないのかもしれないけど、それでも素朴な街並みと穏やかな気候は、滞在するのにはもってこいだった。
なので、メルザのご機嫌がすこぶる良かったりする。
「ヒューゴ様、メルトレーザ様、何かいいことがおありだったのですか?」
馬車から荷物を下ろしながら、エレンが尋ねてきた。
「ああ……実は大公殿下がアスカム男爵から購入された山から、サファイアの鉱石が発見されたんだ」
「本当ですか!?」
「ふふ……しかもお爺様ったら、『婿殿への褒美じゃ!』なんて言って、その山の権利全てをヒューにあげたんです」
メルザはクスクスと笑いながら、目を丸くするエレンにそう告げた。
「ほら、これがその鉱石だ。悪いが、これもどこかに保管しておいてくれ」
「ほ、本当にサファイア……わ、分かりました! 確かに保管しておきます!」
そう言うと、エレンは馬車の荷下ろしをそのままに、鉱石を持ってどこかへ行ってしまった。
「ヒュー、私の部屋で旅の疲れを癒しましょう」
「はい」
僕はメルザの手を取り、二人で部屋へと帰ると。
「ふふ……」
「はは……」
「「あははははははは!」」
思わず、僕達は大笑いしてしまった。
「あはは! 見ましたか! エレン、明らかに目の色が変わりましたよ!」
「ええ! これでヒューの思惑どおり、グレンヴィル侯爵に報告しますよね!」
あの山を僕が大公殿下から譲り受けたことを伝えることで、エレンはグレンヴィル侯爵の耳に入れることだろう。
そうすると、グレンヴィル侯爵のことだ。絶対に僕にあの山の権利を譲るように働きかけてくるに違いない。
「それで、ヒューはもちろんグレンヴィル侯爵にあの山の権利を引き渡すのですよね?」
「ええ。そうすることで、初めてクーデターの準備が整うのですから」
そうだ……いよいよ僕は、最後の一手を打つんだ。
「ですと、グレンヴィル侯爵はどのような形でヒューに接触してくるのでしょうか? いくら親子とはいえ、大公家を通さずに山を売買するわけにはいかないでしょうし……」
「それに、大公殿下から褒美としていただいたものを、こんなすぐに手放したりしたら心証が悪くなると考えるでしょうからね」
万が一、あの男が僕に売り払うように強要すれば、それが大公殿下の耳に入り、逆に山を手に入れることが困難になる。
だから、おそらくはあの手を使うんだろうな……。
「……早ければ、明日にでも学院で接触してくると思います」
「学院で、ですか……?」
「はい」
そう……学院には、ルイスがいる。
この前の傭兵団との交渉においても、あの男は勉強のためだとしてルイスを同席させていた。
となれば、今回についてもルイスを使ってくるに違いない。
「……あの男が交渉の窓口になるだなんて、私からすれば人選ミスも甚だしいと思うのですが……」
メルザが、眉根を寄せながらそう話す。
「ええ、もちろんそのとおりです。なので、ルイスはあくまでも僕をグレンヴィル侯爵家に呼び出すための、ただの伝令役でしかありません」
「なるほど……では、ヒューはあのグレンヴィル侯爵の屋敷へ戻る、ということですか?」
「そうなると、思います……」
メルザの問いかけに答え、僕は唇を噛んだ。
「ヒュー……私も一緒に行ってはいけませんか……?」
「メルザ……」
彼女が僕のことを心配して申し出てくれていることは痛いほど分かる。
婚約式前、あの家での僕に対する扱いを実際に見ているから……。
でも。
「……いえ、さすがにメルザが一緒ですと、あの男は話を持ち出すことができなくなります。それに、仮に交渉の時だけメルザが別室に控えていたりしたら、あのルイスが何をするか分からない」
「あ……」
「なので、あの家には僕一人で行ってまいります」
「ですが……それであなたが傷つくのは……」
「あはは……大丈夫です。それに、これが最後ですから」
そう……これが終われば、あの男はいよいよクーデターに乗り出す。
その時こそ、あの男が……グレンヴィル侯爵家が終わる時だ。
「ですから、メルザは僕の帰りを待っていてください。あなたが待ってくれている、それだけで僕は幸せなんですから……」
そう言って、僕はメルザにニコリ、と微笑んだ。
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