鉱山へ
「はっは、いやはや上手く話がまとまってよかったですわい」
アスカム男爵との交渉がスムーズにゆき、大公殿下が破顔する。
「いえ、私どもとしましては、あの山に特に価値もありませんので、むしろこのような金額で買い取っていただけて嬉しいかぎりです」
そう言うと、アスカム男爵はニコニコしながら深く頭を下げた。
「ところで……あの山を買い取って、大公殿下は何をなさるおつもりなのですか?」
「うむ。実は来る有事に備え、大規模魔法の試用と訓練を行おうと思っての。規模といい周辺にあまり人がおらぬことといい、まさにうってつけだったんじゃ」
「なるほど……」
大公殿下の答えを聞き、アスカム男爵は納得顔で頷いた。
まあ……グレンヴィル侯爵がクーデターのための訓練を行った場所だからね。人気もなく秘密裏に行うにはもってこいなのは分かっていた。
「では、私達は早速山へ足を運ぶとしようかの。代金については、家の者からすぐに支払うようにする」
「ありがとうございます!」
大公殿下が席を立ち、僕達もその後に続いて応接室を出る。
アスカム男爵は、最後まで頭を下げたままで僕達を見送った。
「しかし、アスカム男爵は嬉しそうでしたね」
「はっは、それはそうじゃろう。調べたところによると、かなり領地の経営がひっ迫しておるようだしの。こちらの申し出は、まさに渡りに船だったようじゃ」
「なるほど……」
そういうところも見越して、グレンヴィル侯爵はあの山を買い取ったのか。
でも、その結果、アスカム男爵は文字どおり宝の山を手放す結果になったんだから、皮肉なものだな……。
「では、山へ向かうとしよう」
馬車に乗って一時間。
僕達は山のふもとに到着した。
「それで大公殿下、私は山に目がけて魔法を放てばいいですか~?」
「婿殿、どうなんじゃ?」
「そうですね……」
確か、グレンヴィル侯爵はより人目につかない山の裏側で訓練を行っていたはずだから……。
「大公殿下、山の裏側から、その中腹に向けて大規模魔法を放ってみましょう」
「うむ、了解じゃ」
僕達は徒歩で山の裏側へと回る、んだけど。
「あう……ヒュー、私は大丈夫ですから……」
「駄目ですよ、メルザ。足元も悪いですし、万が一怪我でもしたらどうするんですか」
お姫様抱っこを遠慮するメルザを、僕がたしなめる。
それに、このほうが僕としてもメルザとくっついていられるし、可愛いその顔や反応が見られて、むしろ最高なんだけど。
「ハア~……大公殿下、今回の件は高くつきますよ~?」
「本当ですよ……! これは、どなたかよい殿方を紹介していただかねば……!」
「そ、そうじゃの……」
うん、あの二人はとりあえず無視しておこう。
そして、山の裏側にやって来ると、サウセイル教授が準備を始める。
「ええと……何をされているのですか?」
「これですか~? これは、大規模魔法を行使するために必要となる、魔力増幅のための魔法陣と魔石を配置しているんです~」
僕の問いかけに、サウセイル教授が自慢げに胸を張った。
「この魔法陣の上に乗って魔法を放てば、通常の十倍……いや、二十倍にもなるんですから~!」
「それはすごいですね……」
二十倍の威力……一般的な魔法使いが放つ攻撃魔法でも、中型の魔獣を倒すには充分の威力があるというのに、サウセイル教授ほどの人が放つ魔法が二十倍になんてなったら、下手をしたら山が消滅するんじゃ……。
「……サウセイル教授、念のため威力の低い初級魔法から徐々に試していってくださいね?」
「ぶ~、加減くらい私も分かってますよ~」
念を押したものだから、サウセイル教授が若干拗ねてしまった……。
「ふふ……私も一度試してもよろしいですか?」
木陰で太陽の光を避けているメルザが、そんなことを尋ねる。
「ええ、構いませんよ。よし、準備ができました~!」
大規模魔法を行使する準備が整い、サウセイル教授はメルザを手招きした。
おっと、こうしちゃいられない。
「メルザ、どうぞ」
「ふふ……ありがとうございます」
僕はメルザの手を取りつつ、陽の光を浴びないように大きめの傘を差す。
そして、メルザが魔法陣の上に立ち、僕はその真後ろに控えた。
「ではいきます……」
メルザは右手を空に向けてかざし、詠唱を始める……っ!?
「メ、メルザ!?」
「あ……大きくなり過ぎてしまいました……」
僕達の上には、長さが十メートルをゆうに超える雷の槍が浮遊していた。
こ、これがメルザの魔法……。
「一応、威力が最も弱い雷魔法なのですが……」
「そ、そうですか……」
でも、このサイズは明らかに大規模魔法どころか戦術級なんだけど……。
「……メルトレーザさんなら、この魔法陣や魔石がなくても、大規模魔法くらい簡単に放てそうですね~……」
「う、うむ……」
サウセイル教授とモニカさんが、乾いた笑みを浮かべる。
「と、とりあえず、どうしましょうか……」
「そうですね~……このまま山に撃ち込んでしまったら消し飛んじゃいそうですので、空の上にでも放ってください~」
「分かりました」
メルザは雷の槍の先端を上空へと向けると。
「行きなさい」
その呟きと共に、雷の槍がものすごい速さで上空へとどこまでも駆け上がっていく。
まるで、この世界を斬り裂くかのように。
「本当に……あなたはすごい女性ですね……」
「ふふ、そんなことはありませんが……ヒューに褒めてもらえるなら、何度でも魔法を使いたくなります」
メルザが僕のほうへと振り向き、嬉しそうにはにかんだ。
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