旅行気分で
あれから一週間が経ち、いよいよアスカム男爵領へ向けて出発の日となった……んだけど。
「あらあら、立派な馬車ですね~」
「……どうしてサウセイル教授がいらっしゃるのでしょうか?」
「あ、あははー……」
実は、今回はアスカム男爵領にある山に大規模魔法を放つということで、“深淵の魔女”の異名を持つサウセイル教授に大公殿下が声を掛けたのだ。
確かに、彼女がいれば魔法使い一個師団に相当……いや、それ以上であるため、文句ないんだけど、メルザは家族水入らずと思っていたようで、少し機嫌が悪い。
「ふふ、私もシェリルの護衛という形で同行させてもらえるとはな」
「モニカ教授、どうぞよろしくお願いします」
そう……今回は他にも、モニカ教授も同行することになっている。
サウセイル教授の護衛もといお守り役として。
大公殿下に聞いたところによると、サウセイル教授とモニカ教授は皇立学院の同級生らしく、破天荒なサウセイル教授の世話を、いつもモニカ教授が焼いていたとのことらしい。
まあ、この前の研究室でも、わざわざ尻ぬぐいをさせるためにモニカ教授を呼び出すくらいだし……。
「よし、では出発するぞ」
大公殿下の言葉を受け、僕達はそれぞれの馬車へと乗り込む。
なお。今回は大公殿下、メルザ、そして僕が乗る馬車とサウセイル教授とモニカ教授が乗る馬車、それに荷馬車が一台と護衛の騎士五人という構成だ。
「ふふ……いよいよですね、ヒュー!」
「はい。アスカム男爵領へは四日で到着しますので、それまでは行く先々で美味しいものを食べたり、色んな景色を見たり、目一杯楽しみましょう!」
「ええ!」
「はっは……一応私もいるんじゃがのう……寂しい……」
大公殿下の呟きは聞かなかったことにし、僕とメルザはあの日からお気に入りの、平民の恋人たちの手繋ぎをして車窓の景色を楽しんだ。
◇
「ウーン……この世界には……いえ、この皇国内だけでも、まだこんなにも美味しいものがあるだなんて……!」
今日宿泊予定の街に到着した僕達は、早速街一番というレストランで舌鼓を打っている。
「ふふ……ヒューったら、本当に美味しそうに食べますね……」
「はい! ですが、僕に食事の楽しさを教えてくださったのは、メルザと大公殿下ですからね?」
「はっは! 確かにの! 今でも婿殿が屋敷に来た時のことを思い出すわい!」
うん……美味しい料理を、大好きな家族と一緒に食べる。
これがどれだけ幸せで、温かくて、心が満たされるかを知ってしまったんだ。
もう、絶対に手放せないよ……。
「ヒュー、口元が汚れていますよ?」
「あ……メルザ、ありがとうございます」
どうやら食べるのに夢中だったらしく、口の周りにソースがついてしまっていたようで、メルザが苦笑しながらナプキンで綺麗に拭き取ってくれた。
すると。
「ハア……ねえモニカ、私達は一体何を見させられてるんですかね~……」
「むう……言うな。言うと余計に惨めになる……」
サウセイル教授とモニカ教授が、何故かこんな美味しい料理を前にしてうつむいている……。
「メルザ……あの二人は一体どうしたんでしょうか……」
「本当ですね……」
僕とメルザは、思わず首を傾げた。
「ああもう~! 大公殿下、私達にこんな思いをさせたのですから、高いお酒ジャンジャン飲みますからね~!」
「うむ! そうだとも! すまないが、この店で一番高いワインを、あるだけ持ってきてくれ!」
え、ええー……本当に二人共、どうしちゃったの!?
「はっは……まあ、仕方ないのう……」
そして大公殿下も、ただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
「ほら、ヒュー……教授達もお酒を飲んで楽しむようですし、私達も食事を楽しみましょう」
「メルザ……そうですね」
そういうことで、僕はもう二人の教授を気にすることなく、美味しい食事をメルザと楽しんだ……んだけど。
「うう~……私だって、いい人がいれば~……」
「そうだとも! 何故この私に、そんな殿方が現れないのだ!」
……どうやらサウセイル教授達は泥酔してしまったようで、先程からくだを巻いている。
だけど、そうか……この二人、まだパートナーがいないんだな……。
「え、ええと、大公殿下……お二人共妙齢だと思うのですが……」
「言うな婿殿……シェリルは魔術にのめり込み過ぎて、モニカは並の騎士では歯が立たんほど強いせいで、それぞれ相手を逃してしまったんじゃ……」
「ええー……」
そ、そうかー……な、何と言っていいか分からない……。
「それに、二人はまだ二十代半ばではあるが、同い年の連中はとっくに結婚しておるから如何ともし難いんじゃ……」
大公殿下、それってもう詰んでる、ってことですよね……?
「……私はこんなに早くにヒューに出逢えて良かったと、心から思います……」
メルザが憐憫を湛えた瞳で二人を見つめながら、そんなことを呟いた。
◇
皇都を出発して四日目の昼。
「はっは、どうやら着いたようじゃの」
大公殿下の言葉を受け、僕とメルザは馬車の窓から身を乗り出す。
「あの街が……」
「そうじゃ、アスカム男爵の治める街、“ウェルトン”じゃ」
そして、その奥に見える小さな山こそが、目的のものだ。
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