復讐への第一歩
「さて……いよいよ一週間後、か……」
ウッドストック大公との面談を終えた日の深夜、椅子に腰かけながら僕は独り言ちる。
一週間後、僕はウッドストック大公の孫娘と対面することが正式に決まった。
だけど……大公の孫娘についての情報が、あの噂以上のものを知らない。
過去六回の人生の中でも、大公の孫娘について容姿はおろか名前すら誰も知らないのだ。
ひょっとしたら父は知っているかもしれないが、それを聞ける仲ではない……というか、そんな関係であるならば、そもそも復讐しようだなんて考えたりはしない。
「本当に……どんな御方なのだろうか……」
有り体に言ってしまえば、僕は大公の孫娘を復讐のために利用するのだ。
だから、孫娘がどんな女性であっても、そんなことは一切気にも留めない。
たとえ噂どおり、人の皮を被った怪物であろうとも。
「……そうだ。僕はあの六回の人生を経て、家族を……侯爵家を見限って、復讐すると誓ったんだ。そのために大公の孫娘を利用しようが、その結果、彼女がどうなろうが、僕の知ったことか」
そう言い聞かせ、僕はかぶりを振った。
まるで、自分の中にある罪悪感や迷いを振り払うかのように。
「……少し、夜風にでも当たるか」
僕は部屋を出て、庭園へと向かう。
父や義母、弟妹が暮らす本邸と比べればちっぽけな庭でしかないけど、それでも、僕にとっては十四年……いや、これまでの全てを合わせると七十八年の人生で唯一心を癒してくれた場所だ。
「はは……この庭も、正式にウッドストック大公家に入ることになれば、永遠にお別れだな」
庭園に咲く花を眺めながら、僕は感慨にふける。
その時。
――がさ。
不自然に、草木が揺れる音がした。
「……誰か、そこにいるのか……?」
音のした方向へと視線を向け、身構えると。
「…………………………」
「……お前は」
現れたのは、騎士団長だった。
その表情から察するに、まだ納得できていなかったようだな。
すると。
――がしゃん。
「……剣を取れ」
無造作に剣を地面へと放り投げ、そう言い放つ騎士団長。
どうやらそういうことらしいが……やはり、僕のことを上司と認めていない、不遜な態度だ。
まあ、そんなものは何一つ期待していないけどな。
「念のためもう一度聞くが、僕と試合をすれば騎士団長のせいで家族や騎士団を失うことは覚悟の上なんだな?」
「フン……覚悟?」
剣を拾いながら問いかけると、騎士団長は鼻を鳴らした。
「理由としてはそうだな……忍び込んだ賊に運悪く襲われた、あるいは調子に乗ったヒューゴ様が、あろうことか騎士団長の私に襲い掛かってきた、ということでいいのでは?」
なるほど、ね……。
侯爵への言い訳は既に用意してあるってことか。
もちろん、始末した賊の死体といった小道具も含めて。
「はは……」
「どうした? 敵わんとみて気でも触れたか?」
剣も鞘から抜かないまま、騎士団長は僕を見てせせら笑っている。
本当に、馬鹿な騎士団長だよ。
「っ!?」
僕は懐に忍ばせてあったペーパーナイフを騎士団長の首元目がけて投げつけると、彼は驚きながらそれを躱したために思わずよろめく。
その隙に。
――ザシュ。
「っ!? ぐおおおおおおおおおおおっ!?」
騎士団長の左脚の膝から下を斬りつけた。
そして、もんどり打って倒れたところへ、その図体を抑え込むように踏みつけ、騎士団長の胸元へと剣の切っ先を当て。
――ずしゅ。
「っ!? ゴハアッッッ!?」
間髪入れずに、剣に体重を乗せて心臓を一突きにした。
騎士団長はビクン、ビクン、と身体を痙攣させ、しばらくすると全く動かなくなった。
「……騎士団長の死体の処理は……まあ、このまま捨て置いてもいいだろう」
明日の朝になったら大騒ぎになるだろうけど、まさか騎士団長まで僕にやられたとは誰も信じないだろうし、仮に僕の仕業だと知れても、昼間のやり取りはエレンもモリーも知っている。
何より、ウッドストック大公との件があるのに、あの父が事を荒立てるような真似をするはずがない。
適当に賊にでも襲われた体にして処理するだろう。
本当に、ウッドストック大公様様だよ。
「ふああ……」
身体を動かしたおかげで、ようやく眠気がやってきたみたいだ。
僕はあくびをしながら、部屋に戻って朝までぐっすりと眠った。
◇
「ヒューゴ様、おはようございます!」
いよいよウッドストック大公の孫娘と面会をする日。
エレンが朝早く……いや、夜明け前から部屋に起こしにやって来た。
「……エレン、まだ外は暗いんだけど」
「何を言ってるんですか! 今日は未来の奥方様と初めてお逢いするんですよ! 入念に準備をしないと!」
エレン曰く、どうやらそういうことらしい。
「入浴の支度は整えてありますので、まずはお風呂に入ってくださいませ!」
「あ、ああ、うん……」
エレンに引きずられるようにバスルームへと向かい、風呂に浸かる。
だけど……さすがに花びらまで浮かべるのはやり過ぎじゃないだろうか……。
「ヒューゴ様、お湯を足しましょうか?」
「いや、いい……」
尋ねるエレンに、僕は素っ気なく答えた。
そんなことより、恥ずかしいからここから出て行ってほしいんだけどなあ……。
「それにしても、騎士団長ともあろう御方が賊に後れを取るとは思いませんでした。万が一あの庭園にヒューゴ様がいらっしゃったらと思うと、ゾッとします……」
そう言って、エレンが怖がる仕草をした。
はは……全部分かっているくせに、こんな小芝居なんかして。
例の騎士団長の一件については、結局のところ侯爵邸に侵入した賊の仕業ということで処理された。
おそらく事情……というより騎士団長に加担した一部の騎士が、今にも襲い掛かってきそうな勢いで僕を睨みつけていたな。
とはいえ、裏では今回の事態を重く見たらしい父が、騎士団に対してかなり釘を刺したようなので、あれ以来平和そのものだったけど。
何故そんなことを知っているかといえば、このエレンが『もうこんなことは起こりませんから、ご安心ください』と、嬉しそうに僕に語ったからだ。
つまりは、そういうことなのだろう。
「では、次はこちらに……」
「……身体を拭いたり簡単な着替えは僕一人でするから、エレンは出て行ってくれないか?」
「そうですか? 別に恥ずかしがる必要は……はい、失礼いたします」
何か言いたそうだったが、僕の無言の圧力に屈したエレンはそそくさと退室した。
まあ、当日になって変な揉め事を起こすわけにはいかないと判断したんだろう。
僕は素早く濡れた身体を拭き、下着とシャツ、パンツを着て部屋を出る。
「では、どうぞこちらへ」
鏡の前に座らせられ、僕はまるで妹の持っている人形のように次々と着せ替えらえた。
だけど……はは、いつもはみすぼらしい服装ばかりなのに、今日は王都でも有名なデザイナーのものなんだな。
今さらこんな着飾ったところで、意味なんてないのに。
そして、約三時間にも及ぶ衣装合わせも終わると。
「……ちょっと部屋に忘れ物をしたから、取ってくるよ」
「? 忘れ物、ですか……?」
不思議そうに首を傾げるエレン。
この家では何も持たない僕が、忘れ物だなんて言ったから気になったんだろう。
僕は考え込むエレンを置き去りにして部屋に戻り、机の引き出しを開ける。
「…………………………」
亡くなった母上から唯一遺された、不思議な意匠が施された髪飾り。
はは……家族なんていらないって、そう決意したのに……。
僕は苦笑しながら髪飾りを手に取ると、ポケットの中に忍ばせ、エレンのところへと戻った。
「では、お館様のところへとまいりましょう」
エレンに先導され、僕は本邸へと向かう。
途中、モリーが清々したような表情を浮かべていたのが印象的だった。
まあ、噂どおりだとすれば、ウッドストック大公家に行くということは死を意味するようなものだからな。
もちろん、そんな覚悟はこの七回目の人生を始めた時に、既に済ませてある。
今日は……僕が復讐への第一歩を踏み出した、記念すべき日だ。
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