二つ目の準備
「はっは! さすがは婿殿じゃ!」
僕達はバルド傭兵団の団長を連れて大公殿下と合流すると、思い切り背中を叩かれた。
「どうじゃオリバー! うちの婿殿はやるじゃろう!」
「ええ、この若さで見事です」
満面の笑みで自慢する大公殿下に、パートランド卿が感心しながら頷いた。
はは……これまでの人生であまり褒められ慣れてないから、ちょっとこそばゆい。
「残りの賊の兵士達も大人しく捕縛されとるようじゃし、無事間に合ったみたいじゃの」
「はい」
そう……今回の賊討伐はここからが本番。
グレンヴィル侯爵とセネット子爵がここにやって来る前に、アジトを何事もなかったかのような状態に戻した上で、今度は僕達が賊になりすますんだから。
「さて……貴様、名はなんという?」
「……“ドミニク=バルド”だ」
大公殿下に尋ねられ、バルド傭兵団の団長が名乗った。
「そうか。ではバルドよ、お主、このままでは死ぬことになるが、私達の命令に従うというのなら、生かしてやることもやぶさかではない」
「……その命令ってのは何だ?」
「なあに、簡単じゃ。これからやって来る、お主の交渉相手のグレンヴィル侯爵とセネット子爵を騙して、雇われるふりをするんじゃ」
説明を聞き、バルドが一瞬目を見開く。
「それはどういう意味だ……?」
「お主がオルレアン王国と通じていることも、グレンヴィル侯爵の指揮下に入ろうとしていることも知っておる。私達は、それを利用したいのじゃよ」
「つまり……オルレアン王国とグレンヴィル侯爵達を裏切れってことか……?」
おずおずと尋ねるバルドに、大公殿下がゆっくりと頷く。
その瞳で、断った瞬間に殺すと言外に告げながら。
「ふう……分かったよ。別にアイツ等に義理はないし、俺もまだ死にたくないしな」
「はっは、馬鹿でなくてよかったわい」
どうやら交渉? は成立したみたいだ。
「ならば、これからオリバーがお主にどうすべきか説明をさせるから、しかと聞くのじゃぞ? 少しでもおかしな真似をしおったら……」
「わ、分かってるよ!」
大公殿下に低い声ですごまれ、バルドが慄いて肩を竦めた。
さあ、あとは仕上げだ。
◇
「待ってましたぜ、グレンヴィル侯爵さん、セネット子爵さんと……ええと、そちらの坊ちゃんは?」
グレンヴィル侯爵とセネット子爵を出迎えたバルドが、二人に尋ねた。
「ああ、私の息子でな。今日は後学のためにと思い、連れてきたのだ」
「へえ……そうですかい」
バルドは値踏みするようにジロジロとルイスを見る。
「……それで、すぐにでも話を進めたいのだが……」
「おっと、そうでしたね。それじゃ、こちらへどうぞ」
少しへりくだりながら。バルドはアジト中央の建物の中へと案内した。
「それで……俺達を雇いたいってことだが……」
「うむ。そのことは王国側からも話は聞いているだろう?」
「まあねえ……でも、だからって俺達は別に、王国に仕えてるわけじゃねえ。あくまでも見合った報酬ありきだ」
「もちろん、それは心得ている」
「なら話は早い」
バルドは満足そうに頷き、膝を叩いた。
「んじゃ、俺も団員達を養っていかなきゃならねえんでな。これくらいは貰わねえと話にならねえ」
そう言ってバルドが提示した羊皮紙を、グレンヴィル侯爵が手に取る。
「っ!? これでは、聞いていた話の倍はあるではないか!」
「だから言っただろ。事が終わった後も、傭兵稼業なんてしなくても済むように、一生分稼いでやらねえといけねえんだよ」
横から覗き見をしていたルイスが激昂して立ち上がると、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらバルドが答えた。
「別に、俺達はこの話を降りてもいいんだぞ? だがな、俺達以外にこんな危ない橋を渡る傭兵団がいるっていうんなら、見てみたいもんだな」
「……グレンヴィル閣下」
「……分かった、これで手を打とう」
「へへ、そうこないとな」
バルドは嬉しそうに鼻を擦りながら、右手を差し出した。
グレンヴィル侯爵は一瞬嫌そうな表情を浮かべるが、その手を握って握手を交わす。
「んじゃ、俺達もあの大公殿下に狙われちまったし、今晩のうちにでもここを引き払うから、今後は定期的にお二人の屋敷まで使いを出して連絡を取り合うことにしましょう」
「そうだな」
そうして無事にグレンヴィル侯爵達とバルドの交渉が終わり、三人はセイルブリッジの街へと帰って行った。
「……これでいいんですかい?」
「うむ、上出来じゃ」
僕達が姿を見せると、バルドは肩を竦めた。
「はっは、心配いたすな。此度のことが全て上手くいったあかつきには、グレンヴィルの小倅が支払う報酬は、全てお主にくれてやるわい」
「へえ、そいつはありがたい」
まさか金を受け取れると思ってなかったバルドは、また下卑た笑みを見せた。
「ただし……事が終わるまでの間、お主と捕えた傭兵団の兵士達には、監視も含めて我が大公軍がしごいてやる。覚悟しておけ」
「本当かよ……」
大公殿下が口の端を持ち上げながらそう告げると、バルドがあからさまに肩を落とした。
だけどこれで……復讐のための準備の二つ目が整った。
あとは、グレンヴィル侯爵の資金調達だけ……。
「メルザ……早くあなたに逢いたいです」
僕はサーベルの柄につけてある房飾りを握りながら、帰りを待つメルザを思い浮かべ、口元を緩めた。
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