死ぬのは怖い
「そんなことが……」
僕はメルザと夜の庭園に来て、テラスに置いてあるベンチに並んで座りながら今日の出来事を説明した。
「はい……ですので、明日の夜はいよいよ賊……いえ、バルド傭兵団の討伐、そして傭兵団の団長の捕縛を決行します」
「…………………………」
メルザにそう告げると、彼女はうつむいてしまった。
多分、僕のことを心配してくれてのことだろう。
「メルザ……この賊の討伐に関しては、既に万全の態勢を取っています。万が一、と考えているのかもしれませんが、今回に関しては絶対に大丈夫です」
僕はメルザに少しでも安心してもらおうと、あえてそう断言する。
そうとも、僕は絶対に無傷で全てを成し遂げてみせる。
「……ヒュー、今の言葉、私に誓ってくださいますか……?」
「はい……あなたの騎士の名にかけて、ここに誓います」
僕はメルザの前で跪き、その白い手を取って誓いの口づけをした。
すると。
「うわっ!?」
「ヒュー……ッ!」
メルザが跪く僕に覆いかぶさるように、抱きしめてきた。
「絶対に……絶対に……っ!」
「はい……絶対です」
メルザの身体が、震えている……。
僕は、その身体を優しく抱きしめ返した。
少しでも、メルザの不安を取り除くために。
僕の温もりを、感じてもらうために。
「……では、そろそろ戻ります」
「あ……」
メルザからそっと離れ、僕は立ち上がる。
「メルザ……明日が終われば、僕は大公殿下と一緒に帰ってきます。ですので、待っていてください」
「はい……!」
涙ぐむメルザの髪を優しく撫でる。
柔らかくて艶やかで、綺麗なメルザの黒髪を。
「そ、そうでした……私ったら大事なことを忘れるところでした」
「? どうしました?」
するとメルザは、持ってきたバスケットの中から何かを取り出した。
「……メルザ、それは?」
「あなたが遠征に行っている間、作っていたものです……」
それは、赤と藍色で結った房飾りだった。
「ヒュー、これをサーベルにつけてほしいんです。そして、無傷で帰ってきて、私にもう一度あなたの剣を捧げてください」
「はい……はい……!」
僕は房飾りを受け取ると、ギュ、と慈しむように握りしめた。
「ふふ……私の瞳と、あなたの瞳の色です。これなら、私もあなたと一緒ですから」
そう言うと、メルザは濡れた瞳でにこり、と微笑んだ。
◇
「はっは! 婿殿は英気を養えたかの?」
次の日の夕方、軍本部の幕舎へとやって来ると、大公殿下にバシバシと背中を叩かれた。
だけど、英気を養うといっても今日は朝から戦の準備で大忙しだったんだけど……。
「それで? 私の分はないのかの?」
「あ……」
僕のサーベルの柄につけた房飾りを見て、大公殿下がニンマリ、と笑った。
なるほど……これを目ざとく見つけての質問だったのか。
「すいません、メルザからはこれだけしかいただいていません」
「何じゃ……本当に、メルは婿殿ばっかりで、私には何もないのう……」
そう言って、大公殿下は肩を落とす。
「あはは……ですが、大公殿下の無事帰還されるのを待っていると言っていましたよ」
「本当か! はっは! 全く……メルも素直じゃないのう!」
うん、どうやら大公殿下の機嫌も直ったみたいだ。
でも、単純というか、何というか……。
すると。
「大公殿下、全ての準備が整いました。いつでも出陣可能です」
パートランド卿が、報告をしにやって来た
「うむ。それで、セネット子爵達には気づかれてはおらぬだろうな?」
「はい。昨日の晩餐での殿下と私の説明を聞いてかなり気が緩んでいるようで、軍への偵察にすらやって来ません。とはいえ、軍のほとんどが調査と偽って出払っている素振りをしていますので、気づきようはありませんが」
「そうじゃの」
淡々と説明するパートランド卿の言葉に、大公殿下は顎鬚を撫でながら頷く。
「よし。では予定どおり、セネット子爵達が接触すると思われるその直前……夜七時に出陣する」
「「承知しました」」
僕とパートランド卿は揃って頷くけど……実は出陣と言っても、僕達三人のほかに数名いるだけ、なんだけどね……。
先程もパートランド卿が説明したとおり、軍の大半は賊を包囲するために連中のアジトを取り囲んでいて、大公殿下の指示を待って待機している状況だ。
それに事前の調査では、賊……バルド傭兵団の兵士の数は約三百。こちらの軍は一千だから、兵力差も三倍以上、すぐに片づくだろう。
「では、最終準備に取り掛かりますので、失礼します」
パートランド卿は恭しく一礼し、幕舎を出て行った。
「それにしても……婿殿、思ったより浮足立ってはおらぬようじゃの?」
「あはは……まあ、こういった修羅場には慣れてますから……」
大公殿下に感心しつつも、少し心配した様子で尋ねられ、僕は苦笑しながら頷く。
一回目の人生では、元々暗殺者をしていたということもあって、人の生き死には何度も目の当たりにしてきたし、実際に僕の手は何人もの人間を殺めてきた。
それに、自分自身も六度も死を経験してきたんだ。そういった恐怖というものも、ある意味克服しているといってもおかしくない。
でも。
「……今の僕は、死ぬのが怖いです」
「ほう?」
僕の答えを聞き、大公殿下が興味深そうに身を乗り出した。
「はい……僕は死にたくない。この七度目の人生で、ようやく幸せを……メルザを、家族を手に入れたんです。僕は、それを絶対に手放したくない」
「はっは、そうか……分かっておるならよい」
大公殿下は、満足そうに頷いた。
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