前夜の晩餐
「ふむ……ようやく着いたようじゃの」
皇都を出立してから一週間。
ようやく、オルレアン王国との国境付近の街、セイルブリッジに到着した。
だが。
「大公殿下、街へは入らないのですか?」
「そうじゃな。入ってもよいが、そうなると街の者達が畏縮してしまうじゃろう。これから賊の討伐までは、ここで野営する」
「はい」
ということで、僕も兵士達と一緒に野営の準備をしていると。
「おや、こちらにいらっしゃいましたか」
「あ……“パートランド”卿」
声を掛けてきたのは、大公軍の副官を務める“オリバー=パートランド”騎士爵だった。
「先程セネット家の者が来て、大公殿下が晩餐の招待を受けましたので、ヒューゴさんにも同行するようにとのことです」
「わ、分かりました」
淡々と用件を伝えるパートランド卿に、僕は少し固くなりながら頷いた。
実を言うと、僕はこのパートランド卿が少し苦手だ。
いや、この一週間従軍して、この方が知性的ですこぶる優秀だということは分かるんだけど……眼鏡をかけていることもあってか表情の変化に乏しく、言葉が少々辛辣だったりする。
まあ……副官である以上、それも仕方ないのかもしれないけど。
「では、よろしくお願いします」
そう言うと、パートランド卿はまた持ち場へと戻って行った。
「おっと、僕もこうしちゃいられない。大公殿下にお供する支度をしないと」
幕舎に入って服を着替え、サーコートを羽織ると、サーベルを持って大公殿下の元へと向かう。
「おお、待っておったぞ。では行こうか」
「はい」
大公殿下と僕、それにパートランド卿の三人で、セネット子爵との晩餐に参加するようだ。
まあ、パートランド卿も副官を務めるほどだから腕も立つだろうし、何かあった場合も問題はないだろう……って、それは失礼な考えだな。
そして、僕達は馬車に乗って街に入り、セネット子爵の屋敷に到着すると。
「大公殿下、お待ちしておりました」
「うむ」
恭しく一礼するセネット子爵に向け、大公殿下はゆっくりと頷く。
「では、どうぞこちらへ」
セネット子爵にホールへと案内される……っ!?
「これはこれは、大公殿下……」
「はっは、まさかグレンヴィル卿もこの街に来ておったとはのう」
そこにいたのは、グレンヴィル侯爵とルイスだった。
「我が愚息は、殿下の元で粗相などしたりはしておりませんでしょうか?」
「もちろんじゃ! このような有望な若者がウッドストック家に来てくれて、鼻が高いわい!」
僕の肩を叩きながら、大公殿下が豪快に笑う。
「ヒューゴよ、大公殿下の、そしてグレンヴィル家の名を穢さぬようにな」
「はい……承知しております」
僕は表情を変えないまま、グレンヴィル侯爵に向かって深々と一礼した。
「しかし、これは思わぬ形で家族水入らずとなったわけじゃが……グレンヴィル卿は今日はここへどのような用件で?」
「実はこのセイルブリッジの街で、新たに事業を立ち上げようと思いましてな。私の後継者となる、ルイスも勉強のために連れてきたのですよ」
「ほう……それはそれは」
大公殿下は顎鬚を撫でながらにこやかに話す。
だけど……僕には分かる。
そんな大公殿下の瞳は、一切笑っていないことを。
「さあさ、全員揃ったところで、晩餐を始めましょう。今日は大公殿下とグレンヴィル閣下のためにと、うちの料理長が腕を奮ってございますので」
そして僕達は着席し、妙な緊張感に包まれた晩餐が始まった。
「ところで……大公殿下はいつ頃、賊を討伐されるおつもりですか?」
「そうじゃのう……オリバー、どうなっておる?」
「はい。まずはこの周辺の被害状況を確認した後、賊のアジトを調査、その上で逃げられないよう包囲し、殲滅します」
セネット子爵に尋ねられた大公殿下に話を振られ、パートランド卿が眼鏡をクイ、と持ち上げて淡々と答えた。
「はは……戦に関して電光石火の大公殿下にしては、珍しくゆっくりとされるのですな」
「まあのう。何と言っても、今回は婿殿の初陣じゃ。しっかり活躍してもらわねばならんからの」
「はい。必ずや、大公殿下のご期待に添えてみせます」
そう言って、僕は軽く頭を下げた。
「なるほど……そうなると、私の用事のほうが早く終わりそうですな」
「ほう……? ということは、グレンヴィル卿の事業とやらは順調なのかの?」
「ええ、おかげさまで。水面下の調整も済み、二、三日中にはようやく商談相手との面談ができそうです」
「はっは、それは何よりじゃ」
へえ……二、三日中に、ねえ……。
これも、大公殿下が嘘の情報を漏らしたからだろうな。
というのも、今回の賊の討伐にあたり、大公殿下はセネット子爵に偽の情報を流した。
『大公軍は、今回の賊討伐において慎重を期すため、一週間の調査を行う』
そんな偽情報にまんまと騙されたセネット子爵は、そのことをバルド傭兵団とグレンヴィル侯爵にあらかじめ伝えたんだろう。
まあ、それも大公軍の尖兵が、セネット子爵がバルド傭兵団と接触している情報をかなり早い段階でつかんでいたからこそ取れた作戦なんだけどね。
「いやあ……大公殿下のおかげで、我が領民も安心できます」
「はっは……いやはや、賊退治はこれからじゃぞ?」
大公殿下が和やかな雰囲気を醸し出しつつ、晩餐はつつがなく終わった。
「……全く、反吐が出るわい」
「ですね……」
グレンヴィル侯爵とセネット子爵の嘘に塗り固められた会話の数々に、大公殿下と僕は辟易する。
「では大公殿下、いつ動きますか?」
パートランド卿が抑揚のない声で事務的に尋ねると。
「決まっておる。奴等が接触する直前、つまり明日の夜じゃ」
大公殿下はそう答え、強く頷いた。
そして自分の幕舎に戻り、僕は転移魔法陣が描かれた羊皮紙を広げ、四方に魔石を配置する。
魔法陣の上に乗り、転移を操作するための小さな魔石を握りしめた。
すると。
「っ! ヒュー! お帰りなさい!」
「メルザ……ただいま」
満面の笑顔で飛び込んできたメルザを、僕は優しく抱き留めた。
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