出発
それから一週間後。
大公殿下と僕が賊討伐のための遠征へと向かう日となった。
「ヒュー……」
大公家の門の前で、メルザが心配そうな表情で見つめる。
「メルザ、賊を討伐してすぐに帰ってきます……といっても、毎日帰って来るのですが」
「それはそうですが……それでも、心配なものは心配ですから」
サウセイル教授に屋敷のゲートを見せた後、この一週間の間に携帯用の転移魔方陣を大量に作成してもらった。
その数は、二か月分となる六十枚。
一応、賊の討伐に関しては移動を含めて一か月以内に終える計画となっているので、転移魔方陣の数は余分ではあるんだけど、残りはいざという時のためプラス、今後同様のことが起こった時のためということにした。
その代わり、目の下にくまができたサウセイル教授からは、かなりの恨み言を言われたけど。
「婿殿、では行くぞ」
「はい!」
「ヒュー! お爺様! お気をつけて!」
いつまでも手を振りながら見送るメルザ。
僕も、何度も振り返っては手を振り返した。
「はっは、いつもなら賊の討伐程度では見送りなどないのじゃがなあ……」
顎鬚を撫でながら、大公殿下が苦笑する。
「……本当に、僕は幸せ者です」
うん……こんなに大切に想ってくれる女性がいるということが、これほど僕の心を満たしてくれる。
本当に、この七度目の人生で僕は救われた……。
「それにしても、婿殿は乗馬が上手いのう」
「あ、はい。四回目の人生の時、よく馬の世話をしていましたから……」
あの時は、剣術や勉強でも認めてもらえなかったから、それ以外でと思ってグレンヴィル家の雑用なんかを率先してやってたっけ。
まあ、モリーに散々こき使われた挙句、動物を扱うのが上手いっていう、そんなくだらない理由で魔獣の遊び相手にされたけど、ね……。
「……すまんことを聞いたの」
「いえ……」
少し重苦しい雰囲気になる中、大公殿下と僕は既に出立の準備を整えている大公軍と合流した。
◇
「……さすがは大公殿下が指揮される軍だな……」
賊のいるオルレアン王国との国境付近にある街、“セイルブリッジ”を目指して進軍する中、僕はその一糸乱れぬ大公軍の統率に見惚れていた、
「はっは! どうじゃ、私の軍は見事じゃろう!」
指揮を執っていたはずの大公殿下が僕の隣にやって来て、背中をバシン、と叩いた。
「はい! 大公殿下の統率力……僕も見習うばかりです!」
「うむうむ。これからは用兵や戦術、そういったことも教えてゆこうぞ」
そう言って嬉しそうに微笑む大公殿下。
すると、一人の兵士がやって来た。
「報告します。先に向かっていた尖兵によると、二日前にセイルブリッジ付近に賊が現れたそうなのですが……」
「どうした? 何かあったのか?」
「何かあった、というわけではないのですが……実は、セイルブリッジを治める“セネット”子爵の者が、賊と接触したようです」
「ほう……?」
報告を聞いた大公殿下の目が鋭くなる。
今の話から考えれば、セネット子爵が賊と通じている可能性があるってことだから、それも当然か。
「大公殿下……少しお尋ねするのですが……」
「? なんじゃ?」
「そもそも、オルレアン王国の国境付近という、皇国にとって要所となるようなところを、どうして子爵が治めているのですか?」
そう……今でこそ休戦しているものの、このサウザンクレイン皇国とオルレアン王国は敵対関係にある。
ならば、もっと軍事力も身分も高い貴族を配置するか、皇国直属の軍勢を配置しておくのが妥当のはずだから。
「はっは、良いところに気づいたのう。実はの、セネット子爵はいわば捨て駒なのじゃ」
「捨て駒、ですか?」
「うむ」
大公殿下曰く、セネット子爵を始め国境付近に配置されている貴族の三分の一は、先の戦でオルレアン王国から皇国に寝返った者達らしい。
なので、いざオルレアン王国と戦となった場合、寝返った貴族達は裏切者として真っ先に狙われることになる。
「そして、それは皇国にとっても同じこと。他国でとはいえ、一度裏切った者をおいそれと信用するわけにはいかぬ。故に、戦の時はそれらの貴族達を捨て駒にし、本体である皇国軍は、そのすぐ裏で監視も含めて控えておる、というわけじゃ」
「なるほど……」
確かに大公殿下の言うとおりだ。
だけど。
「その寝返った貴族達は、よくそんな状況を受け入れていますね……本来、戦で寝返ったのであればそれに見合う形で報いるのが普通だと思うのですが……」
「うむ。じゃが、寝返った者達の本領安堵を褒賞としておるのに加えて、オルレアン側については切り取り自由としておる」
「ああ……そういうことですか」
つまり、元々あった領土はそのままで、さらに自分達の才覚で領土を拡大することができるのか……。
それなら、そんな状況であったとしても受け入れるのも不思議じゃないってことか。
「まあ、今回の賊の件、セネット子爵が絡んでるとなると、おそらくは偽りの寝返りであったか、オルレアン側からさらに良い条件で引き抜かれたかのどちらかじゃろう」
「はい」
大公殿下の言葉に、僕は頷く。
「はっは! ただの賊退治が、なかなか複雑な状況になってしもうとるが、なあに! それだけ婿殿が成長できる機会じゃ!」
皇国にとって結構まずい状況ではないかと思うけど、大公殿下は意に介さずに笑い飛ばして僕の背中を叩く。
しかも、僕の成長を第一に考えてくれて……。
そんな大公殿下は、僕にとって指標であり、憧れであり、そして……父親だった。
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