メルザへの懇願
「婿殿、ちょっといいかの?」
エレンが僕に精神魔法をかけてきた日から一週間後。
剣術の稽古を終えた後で、大公殿下が畏まって声を掛けてきた。
「はい……それは構いませんが……」
「うむ、ならばこのまま私の執務室に行こう。ああ……メルの奴には内緒じゃぞ?」
「は、はあ……」
僕は曖昧な返事をし、大公殿下と一緒に執務室へと向かう。
なお、メルザは今日は忙しいみたいで、朝から部屋に籠っている。
「それで……僕にどのような……」
「ああ、うむ……」
大公殿下にしては、どこか歯切れが悪い。
なにか問題でもあったんだろうか……。
「実はの、来週オルレアン王国との国境付近に現れた賊を討伐しに遠征に行くのじゃが……」
「はあ……」
「……婿殿も、私と一緒に従軍するのじゃ」
「はあ!?」
大公殿下の言葉に、僕は思わず驚きの声を上げた。
い、いや、僕が従軍、ですか……。
「そ、それで、僕を従軍させるのには、何か理由があるんですよね……?」
「う、うむ……」
大公殿下が僕を連れて行く理由について説明する。
一つは、僕が婿としてウッドストック大公家の後継者となるため、大公殿下がいなくなった場合に備えて、戦の経験を積ませたいこと。
もう一つは……。
「実はその賊というのが、探しておった例の“バルト傭兵団”のようなのじゃ」
「っ!?」
そうか……グレンヴィル侯爵の雇う予定だった傭兵団は、そんなところに……。
「うむ。元々はオルレアン王国が主な雇い主のようで、かの国を活動拠点としておったからなかなか手が出せなんだが、こうやって姿を現わしてくれた今しか好機がないじゃろう」
「はい……」
なるほど、ウッドストック大公家なのに傭兵団との接触がなかなか進まなかったのは、こういう理由があったのか……。
でも……まてよ?
「大公殿下……そうするとグレンヴィル侯爵は、どうやってバルド傭兵団と接触できたのでしょうか……?」
「婿殿も、やはりそこに気づくか……そうじゃ、お主の考えているとおりの可能性が高い」
つまり……グレンヴィル侯爵によるクーデターは、オルレアン王国が支援している可能性が高いということ、か……。
そして、この賊の出現こそが、グレンヴィル侯爵とバルド傭兵団との接触の機会……。
「ということで、今回の賊討伐に当たっては、第一の目標は賊の頭領……この場合は傭兵団の団長じゃの、そやつの捕縛。第二の目標は、賊の殲滅じゃ」
「はい!」
僕は大公殿下に勢いよく返事をした。
そう……傭兵団の団長を捕らえ、こちら側に引きこめるなら最上、それができないのなら、全滅させて大公家の兵士を賊の後釜にすえる。
そうすることで、グレンヴィル侯爵に雇わせ、クーデター本番で裏切るようにすればいい。
はは……アイツ、慌てるだろうな……。
だけど、そうすると問題が一つだけ残る。
「メルザはどうしましょうか……」
「それなんじゃ……」
僕と大公殿下は揃って頭を抱える。
いくらこれが賊の討伐で大公家の軍隊と圧倒的な戦力差があるとはいえ、国が絡んでいる以上これは戦だ。
そんな場所に、メルザを絶対に連れて行きたくない。
だけど、メルザには悪意と嘘を見抜く能力があるから、どうしてもバレてしまう。
……いや、僕はメルザには真心と愛情だけを見せると決めているんだ。絶対に嘘を吐きたくない。
「やはり、根気よく説得するしかないでしょうね……」
「そうじゃの……」
僕と大公殿下は、深く溜息を吐いた。
◇
「? ヒューもお爺様も、どうなさったのですか?」
夕食の時間、メルザが僕達の落ち着かない様子に気づき、首を傾げながら尋ねる。
僕は大公殿下と目を合わせると……大公殿下は、ゆっくりと頷いた。
「メルザ……話があるんです」
「話、ですか……?」
話というのがよからぬものだというのを感じたんだろう。メルザは、口をキュ、と結んだ。
「婿殿、私から話そう」
「はい」
「私と婿殿は、来週にもオルレアン王国国境へ賊退治のために遠征に出る」
「っ!?」
それを聞いた瞬間、メルザが目を見開いて息を飲んだ。
「で、でしたら私も!」
「駄目じゃ」
メルザが立ち上がって名乗りを上げるが、大公殿下は有無を言わせないとばかりに、ピシャリ、と言い放った。
「メルザ……これは戦なんです。あなたに危険が及ぶ可能性があることが分かっているのに、一緒に連れて行くなんてできません。それに……僕は、あなたに悲惨な光景を見せたくない」
……僕は、一回目の人生では暗殺者として、たくさんの人の死を見てきた。
でも戦は、それよりも人の命が軽くなる場所なんだ。
だから。
「お願いします! どうか……どうか、この屋敷で大公殿下と僕の帰りを待っていてください!」
テーブルに手をつき、額を擦りつける。
もっと上手な言い方があるのかもしれない。
でも……僕には、こうするしかメルザにお願いする方法を知らないから……。
「ヒュー……ずるい、です……っ!」
「っ!? メルザ!」
メルザは涙を零しながら、食堂を出て行ってしまった。
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