恥じない生き方
「……ヒュー、あの女が部屋から出るようです。」
「え? あ、ああ……そうですね」
エレンの呟きを聞いて呆けていた僕は、メルザに声を掛けられて我に返り、慌てて頷いた。
そして僕達は急いでメルザの部屋に入ってやり過ごす。
「……行ったようですね」
「ええ……」
そう言うと、僕達は部屋を出た。
「それにしても……あの言葉の意味は何だったのでしょうか……」
「……あの言葉、とは?」
「あの女の言っていた、『あのこと』です」
「あ、そうでしたね……」
エレンには事情があってグレンヴィル侯爵に付き従っているとは思っていたけど、それが先程の言葉で確信に変わった。
ただ……あの反応や台詞からは、僕とは関係のない理由なのかもしれない。
「それと、先程のヒューは心ここにあらずといった様子でしたが……何かあったのですか……?」
「あ……じ、実は……」
僕は、メルザにエレンが見せた表情について説明する。
あれが……僕と同じ、復讐に燃える者の表情であったことを。
「……そうですか」
「ええ……ですので、メルザが指摘した『あのこと』とは、まさにそれではないかと……」
そう言って、僕は軽く息を吐く。
「……いずれにせよ、エレンの実家の調査が終わってから、ですね」
「はい……ですが、その前に」
真面目な表情でメルザが僕を見つめる。
「……あの女が嗅いだ服は、即刻処分いたしましょう」
「あ……あはは……」
メルザのその言葉に、僕は思わず苦笑した。
◇
「ふふ……今頃あの女は、ヒューを屋敷中探し回っているかもしれませんね」
夜、メルザの部屋で談笑しながら、彼女はクスリ、と笑う。
僕の部屋でのエレンの呟きを聞いた僕達は、ひょっとしたらエレンがご褒美と称した夜這いをしてくるのではないかと考え、メルザの部屋に避難したのだ。
「で、ですが……やはり、メルザと同衾するとなると、その……緊張しますね……」
「あう……い、言わないでください……」
僕が照れながらそう言うと、メルザも頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。
とはいえ、メルザとの同衾は三回目だから、その……ねえ……。
「ま、まあ……今日のことは結婚した時の予行演習、ということで……」
「そ、そうですね。私とヒューは婚約者ですし、学院を卒業したら結婚しますものね……」
そう……今は皇立学院に通っているために婚約のみに留めているけど、卒業したらすぐに結婚する手筈になっている。
これは、学院生活の中で僕達が青春を謳歌できるようにとの、大公殿下の配慮だったりする。
そのおかげで、僕はメルザと学園生活を満喫している。
もちろん、第二皇子や取り巻き、それにルイスの奴がいなければ最高だけど、そこまで贅沢も言っていられない。
「そういえば……第二皇子の私達へのすり寄りは遠慮願いたいですね……」
「本当ですよ……」
そう言って、僕達は深い溜息を吐く。
というのも、あの真剣での仕合についてはやはり問題になり、皇帝陛下のお耳にまで入ってしまったのだ。
まあ、自分の息子である第二皇子がやらかしたのだから、当然といえば当然ではあるけど。
それに加え、大公殿下が近衛騎士団長のマクレガン伯爵と宰相のグローバー侯爵、さらには皇帝陛下にまで苦言を呈したものだから、それは大変なことになった。
特に第二皇子に関しては、ただでさえ第一皇子との皇位継承争いもあり、このままではさらに危うい立場に追い込まれてしまう可能性がある。
取り巻き二人も同様で、近衛騎士団長と宰相に相当絞られたらしく、勘当される一歩手前だったらしい。
なので、あの三人はそんな失態を挽回しようと、まずは僕とメルザとの関係回復を図っているらしい。
「……はっきり申し上げれば、私のヒューにあれだけ失礼な態度や物言いをしたのですから、絶対にお断りです」
「僕だって同じですよ。僕のメルザを侮辱するような真似を……!」
大体、あろうことか第二皇子は入学早々いきなりメルザに触れたんだ。
そんなの、絶対に許せない。
「……であれば、今後の皇位継承争いでは、ヒューはどちらにつきますか?」
「皇位継承ですか?」
「はい」
まさか、メルザにそんなことを尋ねられるなんて思わなかった。
そもそも現状として、このウッドストック大公家はどちらにもつかず中立を保っている。
これは、先帝陛下の弟君でもあらせられる大公殿下だからこそ、権力争いに加担してはいけないという考えの表れなんだろう。
「……お爺様はお爺様で、皇室のしがらみに縛られながら立ち振る舞っておられますが、だからといって皇室との縁がないヒューは、そんなものに縛られる必要はありません」
「…………………………」
「なので、ヒューにはこの大公家で、思うままに生きてほしいのです。それが、私の願いですから」
そう言うと、メルザはニコリ、と微笑んだ。
はは……僕の想いなんて、たった一つしかないのに。
「僕は……皇位継承争いにも皇室にも、なんら興味はありません。ただ愛するメルザや大公殿下と日々を楽しく過ごし、大公殿下に負けないような……このウッドストック大公家に恥じない生き方をする……それこそが、僕の想いです」
「ふふ……ヒューならそう言うと思っておりました……」
僕の答えに満足し、メルザが嬉しそうな表情を浮かべる。
「メルザ……おいで」
「はい……」
僕はメルザを抱きしめて黒髪を撫でると、彼女は目を細めながら首筋に牙を突き立てた。
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