同じ表情
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
夜の大公殿下の執務室。
腕組みするメルザに睨まれている大公殿下は、身体を小さくしながら彼女の様子を窺っている。
そして僕は、そんな二人をただ無言で見守っていた。
「……お爺様、どうして私が怒っているか、分かりますよね?」
「…………………………」
大公殿下は答えず、泣きそうな表情で僕を見た。
つまり、助け舟を出してほしいということなんだろうけど……すいません、僕はメルザの味方ですので、甘んじて叱られてください。
「そもそも、私がヴァンパイアである事実が二人に知られた場合のことを考えているんですか? それこそ、何かあったらどうするんですか?」
「い、いや! あの二人ならば絶対にそういうことはせんと保証できるんじゃ!」
「そんなことは知りません」
「ぐむう……」
ピシャリ、で返され、大公殿下が唸る。
「何より! あのサウセイル教授があんな御方だなんて知りませんでした! ヒューが血を与えてくださったからよかったですが、魔力が枯渇して大変だったんですよ!」
「す、すまん……」
こうなると、大公殿下はただ平謝りするしかない。
「それで……あのお二人の教授に僕達のことを頼んだことについて、教えてくださらなかった理由はなんですか?」
「う、うむ……その、二人には、楽しく学院生活を送ってほしくての……」
「……お爺様、意味が分かりません」
「つ、つまりじゃの……メル達に知られることなく、陰で二人を助けてもらえれば、その……ほ、ほら、最初からモニカとシェリルがお主達を支援していると分かっておったら、お主達も身構えてしまうかも、などと考えてな!」
などと、言い訳めいたことを言う大公殿下。
いやいや、むしろ分かっていたほうが、安心して学院生活を送れたんですが……。
「とにかく……二度とこのようなことがないようにしてください」
「う、うむ……」
「分かりましたか?」
「は、はい!」
おおー……あの皇国最強の武人である大公殿下が、直立不動で良い返事をした。
うん、前言撤回。
皇国最強はメルザだ。
◇
「ハア……お爺様はもう……」
「あはは……」
盛大に溜息を吐き、肩をいからせながら僕達は部屋へと戻っている。
「と、とりあえず、今後はこのようなことはないと、大公殿下も約束されましたし……」
「それはそうですが……」
僕はメルザをなだめると、彼女は口を尖らせてしまった。
「いずれにせよ、明日からはサウセイル教授に特に気をつけましょう……」
「ええ……って、あれは……」
部屋の前の廊下に差し掛かると、エレンが僕の部屋へと入っていった。
「あの女……また性懲りもなく……!」
メルザがギリ、と歯噛みする。
それにしても……僕達が大公殿下の執務室にいたことは知っているはず。
なら、僕がいたらまずいことでもあるんだろうか……。
「……とにかく、様子を窺いましょう」
「ええ……」
僕達は気づかれないように部屋の前へやって来ると、静かに扉を開けて隙間を作った。
すると。
「♪」
鼻歌交じりに、エレンはクローゼットの整理をしていた。
どうやら、僕の服の手入れにやって来たみたいだ。
「……本当ならヒューのお世話は、別のメイドにしたいところなのですが……」
メルザが悔しそうに呟く。
一応、エレンは僕のお世話係としてグレンヴィル侯爵家からやって来たメイドという体になっている。
だから、下手に僕から遠ざけるような真似をしてしまうと、グレンヴィル家に勘繰られ、復讐のための準備を気づかれてしまうおそれがある。
「ヒュー……今度の学院のお休みの日に、あなたの服を一式買い替えましょう」
「はは……」
ま、まあ、大公家だから僕の服を用立てるくらい大した金額じゃないのかもしれないけど、そんなことをしていたら毎回買い替えをしなきゃいけなくなりそう……。
その時。
「すう……」
「「っ!?」」
あろうことか、エレンが僕の服に顔をうずめ、匂いを嗅いでいた。
な、何してるんだよアイツ!?
「ハア……うふふ、グローバー家の子息は殺し損ねましたが、頑張ったご褒美はあげてもいいかもしれませんね……」
少し頬を染めながら、エレンがそんなことをのたまった。
「あの女……何を調子に乗って……!」
「メルザ……気持ちは分かりますが、大きな音を立てては気づかれてしまいます」
「むう……」
頬を膨らませ、メルザは大人しくなるけど……このままじゃ暴発しそうだ。
「……あのことがなければ、私はヒューゴ様を素直にお慕いすることができたのに……って、うふふ……そんなの夢物語、ですよね……」
僕の服を強く握りしめ、エレンが悲しみの表情を見せた。
でも、あの顔は……。
「……ヒュー?」
メルザが僕の顔を心配そうに見つめている。
だけど……エレンのあの表情に、僕は見覚えがある。
死に戻りをして七回目の人生を始めることとなった、騎士との試合の前日の朝の。
鏡に映った、復讐に胸を焦がした僕の表情と同じだった。
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