授業免除を賭けて
「ふむ……そんなことが、のう……」
メルザとの夜のピクニックから二日後、魔物討伐の遠征から戻ってきた大公殿下に、僕達はエレンの件について伝えた。
やはり、このことは捨て置いていい問題じゃないから。
「はい……その中で、グローバー侯爵家の次男、ジーンを殺害するように命じてきました」
「むう……ということは、グレンヴィルの小倅は、宰相が邪魔ということか……」
「ですが、そうであるならジーンなんて殺害しても、なんの意味もないと思うのですが……」
そう告げると、大公殿下は首を傾げた。
「ヒュー、あの女は『つまみ食い』とも言ったのですよね?」
「ええ……その意味もよく分かりませんが……」
「……これはあくまでも私の勘なのですが、グレンヴィル侯爵としてではなく、あの女自身が、ジーンあるいはグローバー家に対して何かあるのではないでしょうか」
「あ……」
確かに、僕はグレンヴィル侯爵としてどうなのかと考えていたけど、そうじゃなくて、エレン本人がグローバー家と何か因縁めいたものがあったとしたら……。
「うむ、ならばグローバーの家とあのメイドの実家であるミラー子爵家との繋がりを調べてみようぞ。今までは、グレンヴィル家との関係ばかりを調べておったからの」
「はい……」
そう……エレンやミラー子爵家とグレンヴィル侯爵家の関係について、これまでも調査を続けていたものの、これといった接点が見つからなかった。
でも、エレンはあの男の手先となって動き、僕に精神魔法をかけ続けている。
ひょっとしたら、今回のことで何か進展があるかもしれない。
「……全てが判明し、ヒューの復讐の準備が整ったあかつきには……!」
怒りに満ちた表情のメルザが、ギュ、と手を握りしめる。
そうだ……エレンはやっちゃいけないことをした。
メルザだけのものである僕に、手を出したんだから。
「はっは……じゃ、じゃがメルよ、確かにあのメイドのやらかしたことは目に余るが、その……あまり執念深いというか、そういうところを婿殿に見せるのはどうかと思うがの……」
「っ!?」
乾いた笑みを浮かべながら大公殿下がたしなめると、メルザは急に顔を青くした。
おそらく、そんな嫉妬深いというか執念深いというか、そういった部分を見せたことで僕が失望してしまうんじゃないかと思ってしまったんだろうな……。
「あはは、メルザ……むしろ、僕のことをそこまで想ってくれていることが、嬉しくて仕方ありませんよ?」
「あ……ヒュー……」
そうとも。他の女性であれば不快でしかないけど、メルザなら大歓迎だ。
これまでの人生で一切愛情を受けたことがない僕にとって、愛する人にそこまでの愛情を見せてもらえたら幸せ以外の何物でもないんだから。
「はっは! 相変わらず婿殿はメルにベタ惚れじゃのう!」
「ですね。全力で肯定します」
「あう……ヒューはもう……」
恥ずかしそうにうつむいてしまったメルザ。
でも、そんな彼女の口元は緩んでいた。
◇
「……うう、やはり剣術ではなくて魔術の授業を選択するんだった」
生徒達がそれぞれ選択した授業へと向かう中、未だに僕はメルザの手を握りながら訓練場へ向かうことをためらっている。
サウセイル教授にメルザがヴァンパイアであることがバレてしまうんじゃないかって不安もあるけど、それ以上に彼女と離ればなれになるのがつらい……。
「もう……私のことなら心配いりませんし、ヒューは剣術の授業を頑張ってください」
苦笑しながらたしなめるメルザ。
で、でも、そうは言ってもなあ……。
「ほらほら、もう授業が始まってしまいますよ?」
「うう……じゅ、授業が終わったらすぐに迎えに行きますから!」
僕は離れがたい思いを無理やり押し込め、メルザに見送られながら断腸の思いで訓練場へと向かった。
手早く着替えを済ませ、練習場に向かうと。
「やあ、来たな」
……早速、第二皇子が話しかけてきた。
いや、確かにあの時の条件は取り巻き二人を近づけるなというものだったけど、第二皇子でなければあなたも対象に含めていたからね?
本当に、そのあたり空気を読んでほしいんだけど。
「ハハ、やはりこの私とは皆が遠慮して誰もペアを組んでくれないのでな」
「……でしたら、あの二人のどちらかとペアを組めばよいのでは?」
「いやいや、それだと一人だけあぶれてしまうではないか。ならば、ここは私が折れてやらねばなるまい」
いやいや、それこそ意味が分かりませんよ……。
「全員揃ったな」
モニカ教授が現れ、僕達は一斉に整列する。
「うむ、では今日の剣術の授業を始める。まずは……」
それからモニカ教授の指示に従い、僕達は身体をほぐしてから素振り、型の修練を行う。
その時。
「ふむ……ヒューゴ君、せっかくだから私と手合わせしてみないか?」
「っ!? モニカ教授とですか!?」
「ああ」
突然の申し出に、僕は驚きの声を上げる。
いや、モニカ教授って元々は大公殿下の部下で、数々の武功を上げてきた女性だ。
今は先代皇帝陛下から直々に依頼され、引退して皇立学院の教授を務めているんだけど……。
「なあに、心配いらない。私の見た限り、君の実力は私と同等……いや、それ以上だろうからな」
「は、はあ……」
はは……さすがはモニカ教授、僕の実力なんてお見通しか……。
「それに、私に勝ったなら剣術の授業については、今後、自由にしていいぞ?」
「っ!」
おお……! それは破格の条件だ!
モニカ教授に勝ちさえすれば、僕はずっとメルザと一緒にいられるんだから!
「ぜひ! お願いします!」
「ふふ……まあ、私を打ち負かすほどの実力があれば授業を受ける必要もないし、何より、ヒューゴ君は婚約者であるメルトレーザ君にご執心のようだからな」
「あ、あははー……」
ま、まあ、あれだけ教室で仲睦まじいところを見せていたら、そう思われても仕方ないよね……。
ということで、僕とモニカ教授は木剣を持ち、訓練場の中央へとやって来ると。
「行きます!」
「うむ……来い!」
僕は剣術の授業の免除を賭け、モニカ教授との試合を始めた。
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