命令
学院から帰宅し、僕は自分の部屋で着替えをしている……んだけど。
「……どうしてエレンが僕の部屋にいるんだ?」
「ヒューゴ様……私は既にヒューゴ様の裸を見ております。今さら遠慮は無用かと」
「いや、その答えはこの前も聞いたから」
どうやらエレンに引く気はないようなので、僕は仕方なく彼女を無視して着替えを続ける……って!?
なんとエレンは、あろうことか僕の背中にしなだれかかってきた。
「エ、エレン、離れろ!」
「……ヒューゴ様。メルトレーザ様と仲がよろしいのは、私としても大変嬉しく思います……ですが、それと同様に……いえ、それ以上に寂しさを覚えてしまって……」
……エレンの奴、急に色仕掛けなんかしてきてどういうつもりだ?
ただ精神魔法をかけるだけなら、軽く背中に触れるだけで済むはずだろうに。
「……なら、エレンも誰か相手を見つければいいだろう。とにかく、今すぐ離れろ」
「……はい」
そこまで言って、ようやくエレンが僕から離れた。
すると。
「……うふふ」
「?」
突然、エレンは口の端を吊り上げる。
「ヒューゴ様、その場に跪きなさい」
「っ!?」
その言葉に……その命令に、僕は思わず息を飲む。
そして、指示どおり跪いた。
「ヒューゴ様、あなたの役目は分かっておりますね?」
「はい……」
首を垂れたまま、僕は虚ろな声で返事をする。
「よろしい。それとは別に、あなたにしてほしいことがあるんです」
「…………………………」
「ヒューゴ様のご学友に、“グローバー”家の者がおりますね?」
エレンの問いかけに、僕は首肯した。
「……なるべく早い時期に、グローバー家の者を殺してください」
殺す? ジーンを?
一体何故……。
「うふふ……私もここまで尽くしているんです。少しくらいつまみ食いをしても構わないでしょう……」
エレンがクスクスと嗤いながら、ますます口の端を吊り上げた。
その姿に、どこか狂ってしまった魔物のような、そんな印象を受けた。
「……ちゃんと言いつけを守ってくださったら、私がご褒美を差し上げますよ? ヒューゴ様も成人なさったのに、まだ知らないのでしょう?」
そう言ってエレンは僕の頬を、ぺろ、と味わうように舐める。
「うふふ……ヒューゴ様、楽しみにしていてくださいね?」
エレンは人差し指を口元に当て、悪魔のような笑顔を浮かべながら部屋を出て行った。
「…………………………」
エレンの足音が遠ざかって聞こえなくなるのを見計らい、僕はハンカチを取り出して何度も頬を拭う。
「全く……一応、洗脳されたふりをしてみたものの、まさかこんな真似をするなんて……」
それに、エレンの下した命令だ。
ジーンを殺せと言ったのは、一体どんな意味があるんだ?
「確か、『つまみ食い』とか言ってたな……」
だけど、アイツを殺すことが『つまみ食い』なんて、意味が分からないんだけど。
それにしても……。
「はは……メルザの魔法陣をブリーチズのポケットに入れていてよかったよ……」
もしそうじゃなかったら、僕はエレンに洗脳されて本当にジーンを殺してしまうだろう。
背中にしなだれかかったのは、何度も精神魔法をかけるためだったんだな……。
普段より強力に、僕を洗脳するために。
「いずれにしても……エレンがどういう目的でそんな命令をしたのか、調べる必要があるな……」
僕はそう呟くと、素早く服を着替えて顔を洗いに行った。
少しでも、不快な汚れを取り除くために。
◇
――コン、コン。
夜になり、僕は屋敷の外側からカーテンの閉まったメルザの窓をノックする。
はは……こんな壁伝いに部屋を訪れるなんて、一回目の人生で暗殺対象の部屋に忍び込んだ時以来だな……。
すると。
――ぎい。
「ヒュー……まさか、窓から訪ねてくるなんて思いもよりませんでした……」
カーテンと窓を開け、一瞬だけ微笑んだかと思うと、メルザは眉根を寄せてしまった。
それに、口調もどこか怒っているように感じる。
「はは……予告どおり、メルザを奪いに来ました」
「……それは嬉しいですが、今度からは扉から来てください。万が一足を踏み外して、怪我でもしたらどうするんですか……」
「す、すいません……」
ああ、メルザは僕のことを心配して怒ってたのか……悪いことをしたな……。
「ふふ、叱るのはこれくらいにして、さあ怪盗さん、この私を攫ってくださいな」
手に籐のバスケットを持ちながら、メルザがニコリ、と微笑んだ。
「はい、では失礼して……」
「キャッ」
僕はメルザをお姫様抱っこすると、彼女は可愛い声を漏らした。
「やはり綺麗なお姫様を攫うのなら、こうするのがマナーですから」
「ふふ……そうですね」
メルザはバスケットを抱え、僕の顔を覗き込みながらはにかんだ。
それから、部屋を出て誰にも見つからないように慎重に進み、無事に屋敷の外に出る。
そして……僕が大公家に来た時に作ってもらった、あの庭園へとやって来た。
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