謝罪
「ヒュー、今日は天気も良いですし、ピクニックをしませんか?」
サイラスとの真剣による仕合、そして武器商人のネイサンとの交渉から一週間後の朝、学院に向かう馬車の中でメルザがそんな提案をした。
「はは、そうですね。今日は絶好の月見日和です」
僕はメルザに、笑顔で頷く。
なお、僕達のピクニックはいつも陽が沈んでからだ。
だって、昼間にそんなことをしたら、メルザの白くて綺麗な肌が赤くなってしまうからね。
それに、これまでの人生で陽の光の下にあまりいたことがないせいか、僕も夜のほうが好きだったりする。
あのグレンヴィル家の離れの屋敷にある庭園にも、誰にも見つからないようにするため、いつも夜に訪れていたから。
「ふふ……今日はお爺様は魔物討伐のために明日まで留守にされていますし、今夜は二人っきりです……」
メルザが僕の手を取り、嬉しそうにはにかむ。
あ、も、もちろん、僕とメルザはまだ婚約しているだけだから、その……いくら成人しているとはいえ、いわゆる貴族の義務は果たしていないから……って、僕は一体、誰に言い訳をしているんだろう……。
「なら、絶対にエレンについて来させるわけにはいきませんね」
「もちろんです。最近は、特にヒューにまとわりついているようにも感じますし……不快です」
うん……僕も同じ気持ちだよ。
ひょっとしたら、僕に精神魔法をかけるために接触したいのかもしれないけど、それに関してはグレンヴィル家に疑いを持たれないように、背中に隙を見せる機会を定期的に用意してやってるし……。
「……でしたら僕は、物語に登場する怪盗のように、今夜あなたの部屋へ奪いに行ってもよろしいでしょうか?」
「あ……ふふ、いいですね」
よし、今日はそんなコンセプトからピクニックを始めよう。
それにこれなら、エレンをはじめ使用人達に気づかれることもなく、本当の意味で二人っきりのピクニックを楽しめるだろうし。
「ですが、これではヒューのせいで、私は一日中頬が緩んでしまいそうです」
「はは、望むところですよ」
そんな楽しい会話をしていると、あっという間に学院に到着してしまった。
このままサボってもいいんだけど……。
「駄目ですよ? 授業はちゃんと受けませんと」
あー……メルザに心を読まれ、叱られてしまった。
でも、そうやって叱る姿も僕には尊すぎるんだけど。
◇
「あ……」
メルザの手を取りながら教室へと入ると、第二皇子の隣にサイラスの馬鹿がいた。
復帰してきたところを見ると、どうやら無事に両腕は繋がったようだ。
まあ、どうでもいいけど。
「それでメルザ。あの男も復帰したわけですし、今すぐ謝罪させますか?」
「ふふ、あのような者の謝罪に興味も価値もありません。そのようなことで無駄に時間を費やすのであれば、私はヒューとのひと時を選びます」
「はは、ですね」
ということで、僕達は第二皇子達を一切無視し、楽しく会話をしていると。
「……少しいいか?」
……面倒なことに、向こうから声をかけてきた。
「なんでしょうか、アーネスト殿下」
「う、うむ……サイラスも治療を終えて復帰したのでな、その……」
声をかけてきたものの、どうにも歯切れが悪い。
そこまでメルザに謝罪をするのが嫌なのか?
そう考えた瞬間、怒りがこみ上げてきた。
「殿下、僕は誠意ある謝罪を条件とさせていただきました。これを満たせないのであれば、意味がありませんのでお引き取りください」
「っ!?」
そう冷たく言い放つと、第二皇子が狼狽えた……って、思っていたような反応と違うな。
僕はてっきり、あの仕合の時のように忌々し気に睨まれるのかと思っていたのに。
特に。
「「…………………………」」
サイラスとジーンの意気消沈具合が半端ない。
一体この取り巻き二人に何があったんだろうか……。
「も、もちろん私達にはメルトレーザ殿に対し、誠意ある謝罪をする用意がある!」
「へえ……」
真剣な表情でそう告げる第二皇子。
それに合わせて、取り巻き二人も強く頷いた。
「ハア……なら、早く済ませていただけますでしょうか。私は今、ヒューと楽しく会話していたところですので」
「う、うむ、分かった」
溜息を吐きながら、メルザが気だるそうに告げると、三人が姿勢を正した。
「メルトレーザ殿、この度は大変申し訳なかった」
「「申し訳ありませんでした!」」
「「っ!?」」
三人が勢いよく頭を下げ、僕とメルザはびっくりして思わず身構えた。
ほ、本当にどうしたっていうんだ!?
とはいえ。
「……分かりました。正式に謝罪としてお受けします」
これ以上は付き合いきれないと感じたんだろう。メルザは投げやりな感じでそう告げた。
「う、うむ! それはよかった!」
謝罪をメルザが受け入れたことがそれほど嬉しいのか、第二皇子は破顔した。
その後ろに控える取り巻き二人も、見るからに安堵の表情を浮かべていた。
「で、では、これからもよろしく頼むぞ!」
「……殿下、まさかお忘れではないですよね?」
「忘れる? 一体何を……」
嬉しそうに何度も頷く第二皇子に、僕とメルザは若干呆れながら尋ねるけど……本気で忘れているし……。
「……二度と僕達に近づかないという条件のことです」
「! あ、ああ……そうだったな……」
そう告げた瞬間、三人は困ったような、泣きそうな表情を浮かべた。
色々と反応がおかしいので何かあるんだろうけど、興味もないし相手にしている暇もない。
また元の席へと戻りながら何度も僕達へと振り返っては見てる三人を一切無視し、僕とメルザは授業が始まるまでの間、会話を楽しんだ。
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