第二皇子との試合
皇立学院に入学して一週間が経ち、ようやくこの生活に慣れてきた。
いや、僕は替え玉として一回経験済みではあるものの、実は毎日が新鮮で、楽しくて仕方がない。
だって。
「ふふ、先程の経営学の授業は面白かったですね」
こうやって、大好きな女性と一緒に授業を受けるんだ。楽しいに決まってる。
しかも、メルザは屋敷では見せない表情や仕草を見せてくれるんだからね……そのたびに僕は彼女の一面を知って、愛しい想いが上書きされている。
「ええ。ですが、次の授業は……」
僕がそう言い淀むと、メルザが表情を少し曇らせた。
次の授業では、僕とメルザが別々の授業になっているのだ。
僕は剣術の授業、そしてメルザは魔術の授業。
つまり……メルザはあの、“深淵の魔女”と呼ばれる“シェリル=サウセイル”教授の授業を受けるのだ。
「……くれぐれも、見破られないように気をつけてください」
「はい……私は大丈夫です。授業中も目立たないようにいたしますし……」
うん……メルザの魔術はヴァンパイアだけあって素晴らしいものだから、十中八九幻影魔法を見破られたりすることはないと思うけど、それでも、相手が相手だけに油断できない。
授業中でなければ扇で口元を隠してやり過ごすこともできるけど、そうもいかないからメルザの言うように目立たないようにすることが得策だ。
「……僕に魔術の素質があれば、一緒に授業を受けて守るんですが……」
「ヒュー……そのお気持ちだけで充分です。それより、あなたも剣術の授業、頑張ってくださいね?」
そう言って、メルザがニコリ、と微笑んだ。
「はは……僕の師匠は大公殿下なんです。この学院で後れを取るなんてことは絶対にないですよ」
「ふふ、そうでしたね」
すると、クラスの生徒達がそれぞれの授業へと移動を始める。
「では、また授業の後で」
「メルザ……気をつけて」
「はい」
僕はメルザと別れ、剣術の授業が行われる訓練場へと向かった。
メルザのことが心配なのは間違いないんだけど……実は、この授業が楽しみだったりする。
二回目の人生では、モニカ教授に剣術を褒めてもらった。
今度は……大公殿下から指南いただいた本物の剣術を、見ていただくんだ。
はは……モニカ教授は前のことなんて分からないんだから、こんなのは僕の勝手な自己満足なんだけど、ね。
教室を出遅れた僕は、一人更衣室で訓練着に着替え、訓練場に姿を出す。
他の生徒達は、それぞれ身体をほぐしたり木剣で素振りをしたり、談笑したりしていた。
その中には、アーネスト第二皇子と取り巻き二人の姿も。
だけど、近衛騎士団長の息子であるサイラスはともかく、ジーンは元々頭脳タイプだから、剣術よりも魔術の授業を受けたほうがいいと思うんだけど……。
まあ、僕には関係ないか。
なお、こういった剣術の授業では、身分や階級に応じたクラス分けが活きてくる。
さすがに男爵や準男爵の子息令嬢が身分の高い者と試合なんかしたら全然公平じゃないし、万が一怪我をさせてしまったら大変なことになりかねないからね。
「全員集合!」
モニカ教授の号令で、全員が整列した。
「今日が初めての剣術の授業だ。なので、まずは皆の力量を見させてもらうため、一対一の試合を行うことにする」
そんなモニカ教授の言葉に、全員がざわついた。
まあ……まさかいきなり一対一の試合をするなんて思わないからなあ。
「では君と君、向かい合わせに二手に分かれて。他の者は、その後ろに列を作るんだ」
ランダムに選ばれた二人の生徒が距離を空けて向かい合わせになると、他の生徒達は少し困惑しながらその後ろに並ぶ。
だが。
「……君達、それはふざけているのか?」
列のあまりの偏りに、モニカ教授は呆れた表情で問いかける。
ただ、僕以外の生徒達の気持ちも分からなくはない。
誰だって、第二皇子の対戦相手にはなりたくないからね……。
「ハア……分かった。こうなったら私が勝手に選んで対戦させることにする」
溜息を吐き、モニカ教授はそう言い放った。
これで第二皇子の対戦相手は、モニカ教授の匙加減一つで決まるわけなんだけど……。
「なら、この後をスムーズにするために、まずはアーネスト殿下に試合をしてもらうとしよう」
「はい」
「「「「「っ!?」」」」」
一試合目から第二皇子が出てきたものだから、全員が息を飲んだ……いや、取り巻き二人はそうでもないか。
もちろん、この僕も。
ただ……それが失敗だったみたいだ。
「ふむ。そこの君……確か、ヒューゴ君だったな。君が殿下の対戦相手だ」
「……はい」
僕は肩を落としながら返事をする。
どうやらモニカ教授は、僕の様子が変わらなかったから選んだみたいだ。
……こんなことなら、他の生徒達と同じ反応をしておくんだったな。
まあいいや。
別に、相手が第二皇子だろうと関係ないし。
僕は木剣を携え、第二皇子の正面に立った。
「ハハ……君とはよくよく縁があるようだな」
「……そうですね」
微笑みながら語りかける第二皇子に、僕は素っ気なく返事をする。
そんな僕の態度が気に入らないのか、取り巻き二人が僕を忌々し気に睨んでいる。
「では、構え!」
モニカ教授の合図で、僕と第二皇子は木剣を構える。
なお、第二皇子とは一回目の人生での襲撃の際に手合わせしているから、その実力は分かっている。
おそらく、この皇立学院の生徒の中では一番強いだろうな。
ただ。
「始め!」
「っ!?」
開始の合図と同時に僕は一気に距離を詰め、第二皇子の喉笛に木剣の切っ先を突きつけて寸止めする。
まあ……皇国最強と謳われる大公殿下を師匠に持つ僕に、学院の生徒ごときが相手になるわけがないよね。
「うむ……ヒューゴ君の勝ちだ」
モニカ教授が静かに勝ち名乗りを告げると同時に、僕は木剣を引いた。
「ハ、ハハ……この私が、なす術なしか……」
まさかここまで圧倒的に負けると思っていなかったらしく、第二皇子は顔を引きつらせる。
僕の知ったことではないけど。
だけど。
「…………………………」
そんな僕が気に入らないのか、取り巻きの二人は僕に射殺すような視線を向けていた。
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