皇立学園
「メル、本当に大丈夫かの? 何かあれば、すぐに私に言うのじゃぞ?」
いよいよ皇立学院へ入学する当日、玄関まで見送りに来た大公殿下がオロオロしている。
「ふふ……お爺様、大丈夫ですよ。私にはヒューがついておりますから」
「う、うむ、そうなんじゃが……」
クスクスと笑いながらメルザがなだめるけど、それでも不安なのは不安らしい。
はは……本当に、大公殿下は身内にはとことん甘いなあ。
「大公殿下、僕が絶対にメルザを守りますのでご安心ください。それに、今日は入学式。来賓席で僕達を見守っていてください」
「う、うむ、そうじゃな! じゃが……」
「もう! 私達は他の方々と違って王都の屋敷から通うのですから、いい加減に受け入れてくださいませ!」
とうとう見かねたメルザが、大公殿下を叱った。
メルザの言ったように、本来は皇立学園の生徒である子息令嬢達は、卒業するまで全員寄宿舎で生活することが義務付けられている。
なのに、メルザと僕だけ特別に屋敷から通うことを認められたのだから、異例中の異例と言えるだろう。
「はは……今日は入学式と、担任の教授と生徒達との顔合わせだけですから……」
「そ、そうじゃのう……婿殿、くれぐれもメルのことを頼むぞ?」
「はい、お任せください!」
泣きそうな表情で懇願する大公殿下に向け、僕は胸を叩いた。
それに、大公殿下の計らいで僕とメルザは同じクラスになっているしね。
「「では、行ってまいります」」
「う、うむ! 入学式の会場で会おうぞ!」
まるで今生の別れとでもいうかのように、大公殿下が必死で手を振っている……。
「ハア……お爺様にも困りものですね……」
「はは……ですが、それだけメルザを大切に想っている証拠ですから」
「それはそうですけど……」
もう一度、窓から大公殿下をチラリ、と見やると、メルザはまた溜息を吐いた。
「ですが……ふふ、こうやってヒューと二人で学院に毎朝通えるのは嬉しいですね……」
「ええ、僕もです」
メルザの白い手を握り、僕は微笑む。
過去六回の人生では、二回目の時にルイスの替え玉でしか通うことができなかった皇立学院に、僕は最愛の女性と一緒に通うんだ。こんな幸せなことはない。
「ところで……当然、あなたの弟も一緒に机を並べることになる、のですよね……」
「はい……」
そう言うと、僕達は肩を落とした。
腹違いの弟であるルイスとは年齢が半年しか違わないため、同級生という扱いになる。
またアイツがいやらしい目でメルザを見るのかと思うと……。
「……うん、いざとなったらアイツは消そう」
「ふふ……駄目ですよヒュー。ちゃんと復讐をするのですから、最後まで取っておかないと」
クスリ、と微笑むメルザにたしなめられ、僕は思わず苦笑した。
なお、グレンヴィル侯爵家への復讐へ向け、この一年の間、大公殿下が着々と準備を進めてくださった。
あとはどのタイミングでそれを果たすか、ということだけど、今の状況なら三年後の卒業式どころか一年もしないうちに叶えることができそうだ。
「ふふ……ヒューが復讐を果たすその時が来るまでは、学院生活を満喫しましょうね……?」
「もちろんです。僕もメルザとの学院での生活を楽しみにしていたのですから」
「ええ……私もです……」
僕はメルザの手を取り、微笑みながらずっと見つめ合っていた。
◇
「あ! 見えてきました!」
馬車の窓から、僕達が通うこととなる皇立学院の学舎が姿を見せる。
さすがは先帝陛下……つまり大公殿下の兄君が威信をかけて設立しただけあり、威風に満ちた様相をしている。
そして。
「では、降りましょうか」
「ええ」
馬車が学院前に到着し、先に降りた僕はメルザの手を取って彼女を馬車から降ろした。
「さあ、どうぞ」
「ふふ……ありがとうございます」
メルザが日に焼けないよう傘を差し、僕達は学舎へと向かう。
はは……他の子息令嬢がまじまじと僕達を見てるし。
「……あの令嬢方、私のヒューにこのような視線を……不快ですね」
「いやいや、メルザをねめつけるような視線で見つめる、子息連中こそどうにかすべきです」
全く……いくらメルザが美しすぎるとはいえ、さすがにそのような視線を送ってくるのはどういう了見だよ……。
しかも、学院に入学してくるのだから全員十五歳以上、つまりは成人を迎えていて半数以上は既に婚約者がいる身だろうに……。
「……この国の貴族達は、節操というものがないのか」
「……本当です。ですが、それが対比となっていかにヒューが誠実で素晴らしいかということがよく分かりますね」
「それを言うならメルザこそです。女神も羨むほど綺麗なのに、あなたは僕だけを見てくれるのですから……」
本当に……七回目の人生を始めてから、僕はなんて幸せなんだろうか……。
「あ……ふふ、そのような表情で見つめられてしまいますと、私も我慢できなくなります……」
頬を紅く染め、メルザが真紅の瞳を潤ませて僕を見つめた。
「はは……すいませんが、それは屋敷に帰るまでお預け、ですからね?」
「もう……意地悪……」
ほんの少し口を尖らせ、メルザがプイ、と視線を逸らしてしまった。
うん、こんな仕草も可愛くて仕方がない。
すると。
「へえ……そなたが、ウッドストック卿の令孫かな?」
爽やかな笑顔を振りまきながら、ウェーブのかかった金色の髪と金色の瞳をした美青年が話しかけてきた。
そして僕は、この男を知っている。
サウザンクレイン皇国の第二皇子で、僕達と同級生となる男。
――“アーネスト=フォン=サウザンクレイン”だ。
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