あなたの騎士として
「ぬうっ!?」
大公殿下が上段から放った渾身の一撃を木剣の刃先で受け流すと、僕はそのまま大公殿下の持つ木剣を滑らせる。
「甘いわ!」
大公殿下は、その人間離れした膂力で木剣を弾き、開いた僕の脇の下目がけて横薙ぎに放った。
「ふっ!」
それを僕は地面すれすれまで身体を逸らして躱し、そのまま流れるように木剣をかち上げると。
――ピタ。
「……はっは、参った」
その白く立派な顎髭に触れる寸前で木剣を止め、大公殿下は降参した。
「ヒュー! お疲れ様でした!」
僕と大公殿下の稽古を日陰から眺めていたメルザが笑顔で駆け寄って来て、ハンカチで汗を拭ってくれた。
「はは……ありがとうございます、メルザ」
「ふふ、本当にお強くなられましたね」
「いやはや……よもや一年そこそこでこの私が一本を取られるまでになるとは、驚きじゃわい……」
そう言って、大公殿下が苦笑しながら頭を掻く。
「はい……それもこれもこの一年間、大公殿下が親身になってこの僕を鍛えてくださったおかげです。本当に、ありがとうございます」
僕は、大公殿下に向かって深々と頭を下げた。
一年前にこのウッドストック大公家で正式に暮らすことになったあの日、僕はメルザを守るために誰よりも強くなると誓った。
その想いを大公殿下は汲んでくださり、僕を徹底的に鍛えてくださった。
それこそ一回目の人生での暗殺者としての修練など、児戯に等しいと思えるほどに。
でも、大公殿下のその指導の一つ一つが僕を強くするのだと、厳しさと優しさで溢れていた。
そして。
「ふふ……当然ですよ、お爺様。だって、私のヒューですもの」
扇で口元を隠しながら、メルザがクスクスと笑う。
そう……守るべき大切な女性が、ずっと傍で見守ってくれて、支えてくれたから、どれだけ厳しくてもその厳しさすら心地良いと感じることができた。
そんな大切な二人の家族がいたからこそ、僕はここまで強くなれたんだ。
「うむうむ、さすがはこの私が見込んだ婿殿じゃ」
「お爺様……何をおっしゃっているのですか? ヒューは、この私が最初に見初めたんですよ?」
顎髭を触りながら笑顔でウンウンと頷く大公殿下を、メルザが絶対零度の視線を向ける。
そんな彼女に、大公殿下はただ慄くばかりだ。
「それよりも、これで稽古も終わりなのですから、早く制服を試着してみましょう!」
そう言って、メルザが僕の腕を引っ張る……って。
「制服、もう仕上がったのですね」
「ふふ、先程お店の者が屋敷に届けにまいりました」
そうか……まあ、来月の頭には皇立学院に入学するんだから、このタイミングで出来上がるのも当然か。
「はっは。なら二人共、早く制服を試着してみせてくれ」
「「はい!」」
僕はメルザの手を取り、制服を試着しに向かった。
すると。
「あ! ヒューゴ様、メルトレーザ様、お待ちしておりました!」
型崩れしないよう、制服一式をハンガーに吊るしていたエレンが、パアア、と笑顔を見せる。
彼女も、一年前の僕が大公家に入る時に一緒にこの家にやって来たわけだけど、要領がいいのか、大公家の使用人達とは上手くやっているようだ。
というか、グレンヴィル侯爵家を油断させる上でも、間者であるエレンの存在は大きいからね。
大公家の乗っ取りが順調だと、ちゃんと報告してもらわないと。
「ふふ……では、お互い着替え終わったら見せ合いっこしましょうね?」
「もちろん!」
ということで、僕とメルザは分かれて制服を試着する……んだけど。
「……エレン、悪いけど外に出ていてくれるかな」
「ヒューゴ様、私は既にあなた様の裸すら拝見した間柄でございます。今さら恥じらいなど不要です」
……どうやらエレンは、一切引くつもりはないらしい。
何故ここまで僕の着替えにこだわるのか分からないけど、もう面倒なのでそのまま着替えることにした。
「……ヒューゴ様、本当にたくましくなられましたね……」
僕の上半身をまじまじと見ながら、エレンがポツリ、と呟いた。
まあ……あの皇国最強の武人、シリル=オブ=ウッドストック大公殿下に鍛えられたからね……。
「そ、その……さ、触ってみてもよろしいでしょうか……?」
「断る」
エレンが顔を上気させ、荒い息遣いでそんなことを言ってきたので、断固拒否だ。
こ、これがメルザだったら、その……大歓迎ではあるけど。
とにかく、これ以上長引かせたら面倒なことになりそうなので、僕は素早く制服に着替えた。
そして。
「…………………………」
「…………………………」
制服姿を見た瞬間、お互いに声を失った。
メルザはどうか分からないけど、少なくとも僕は、メルザのあまりの美しさに見惚れていたから。
はあ……いつものドレス姿もいいけど、メルザは制服ですらもその美しさを際立たせてしまうのですね……。
「そ、その……ヒュー……素敵、です……」
もはや至福の溜息しか出ない僕に、メルザが上目遣いでおずおずとそう告げた。
「本当に……最高に素敵なのはメルザですよ。学院に通うことになったら、他の男共があなたに汚らわしい視線を送るかと思うと、全員の目をくりぬいてやりたくなります」
「あ……ふふ、私も他の令嬢達がヒューに懸想してしまうのではないかと、気が気でなりません……」
どちらからともなく、僕達は手を取り合って微笑むと。
「ウオッホン」
そんな僕達に、大公殿下が盛大に咳払いをした。
「……お爺様、なんでしょうか?」
う、うわあ……メルザ、すごく怒ってるよね……。
そんなメルザの絶対零度の圧力を受けて怯むも、大公殿下が気を取り直して僕の前に来た。
「婿殿……お主は私の宝物であるメルを守るためと、この一年間の修練でよくぞこの私を超えた」
「あ……は、はい!」
真剣な表情でそう告げる大公殿下に、僕は改まって姿勢を正して返事をした。
「これ」
「はっ」
大公殿下は傍に控えていた騎士に声を掛けると、一振りのサーベルを受け取った。
「これは、極東の国にある刀を、皇国の柄と鞘でしつらえたサーベルじゃ。これを持って、どうかメルを生涯守ってくれ」
大公殿下から差し出されたサーベルを、膝をついて両手で恭しく受け取った瞬間……僕は、サーベルの重量以上の重みを感じた。
……大公殿下の、孫娘であるメルザへの想いの重みを。
「はい……この“ヒューゴ=グレンヴィル”、必ずや愛するメルザを守り抜いてみせます」
「うむ……託したぞ、婿殿」
そう言うと、大公殿下は嬉しそうに微笑んだ。
そして、僕は……。
「メルザ」
「はい……」
「僕はあなたに、婚約者であると共に騎士の誓いを立てたいと思います……どうか、授けていただけませんでしょうか……」
「あ……」
僕がそう告げると、メルザが息を飲んだ。
そう……僕は、あなたを守る力を得た今こそ、その誓いを立てたいんだ。
「メルザ……」
「はい……」
大公殿下から授かったサーベルをメルザに渡して跪き、首を垂れる。
「ヒューゴ=グレンヴィル」
「はい」
「そなたはメルトレーザ=オブ=ウッドストックの剣、そして盾となり、あらゆる危険から守ることを……ここに誓うか」
普段の彼女とは違う、その厳かな声に、僕の心が……魂が震える。
「私、ヒューゴ=グレンヴィルは、この世の全てがあなたに背を向けようとも、ただあなたのために戦い、たとえ我が命に代えても、あなたをお守りいたします」
「そなたはここに騎士の誓いを立て、我が騎士となることを望むか」
「はい……この命尽きるまで、全身全霊であなただけに仕えることを誓います」
「よろしい……では今ここに、そなたの名誉と勇気に相応しい職位を与える」
僕の背中に、鞘から抜かれたサーベルが触れる。
「私、メルトレーザ=オブ=ウッドストックは、ヒューゴ=グレンヴィルを私だけの騎士とする」
その言葉を聞いた瞬間、僕は歓喜に震える。
今……僕は、彼女を守るたった一人の騎士となった。
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