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間者

「で、ではこれで……」


 用は済んだとばかりに、モリーと他のメイド達が僕の部屋から去る。


「さて、それじゃいただこうかな」

「はい!」


 フォークとナイフを手に取り、テーブルに並べられた朝食に手をつける。

 はは……さすがにいきなりでは、朝食の内容まで改善できないか。


「そ、それにしても……モリー様はどうして急に、こんなに心を入れ替える気になったのでしょうか……」


 グラスに水を注ぎながら、エレンがおずおずと尋ねる。


「さあ? ただ、僕としてはありがたいことだけど」

「で、ですよね。失礼しました……」


 僕は肩を(すく)めて苦笑しながら答えると、エレンはそのまま引き下がった。


「それよりも……どうにかして父上のために尽くすことができないだろうか……」


 テーブルに視線を落としながら、僕は心にもないことをポツリ、と呟くと。


「お館様に、ですか……?」

「うん……できれば、この僕がその身を捧げることによって、侯爵家の利益につながるものでないとね……何といっても、父上の後を継いで当主となるルイスや、アンナのためにも……」

「ヒューゴ様……」


 感極まったかのように、エレンは瞳を潤ませる。

 それは、この家のために尽くそうとしている僕に、感激しているかのようだった。


「そうだな……例えばなんだけど、僕がこの侯爵家の利益となるような家……最低でも同格、できれば公爵家(・・・)や外国の貴族などに養子として迎え入れてもらう、というのはどうだろう?」

「そ、それはよい考えかと!」


 ずい、と詰め寄りながら、エレンは顔を(ほころ)ばせた。

 どうやら、僕の提案はエレンにとっても賛成のようだ。


「うん……もし、明日の騎士との試合で勝ったあかつきには、父上に進言してみるとしよう。はは……エレンに聞いてもらえてよかったよ」

「そ、そんな! 私などでよければ、いつでも!」

「そうだね……この屋敷で、僕が信頼をおけるのは君だけだから……って、早く食べないと、エレンに迷惑が掛かってしまうな」


 僕は再度苦笑し、急いで朝食を食べ終えると、エレンが食器を素早く片づけて退室した。


 そして。


「はは……」


 僕は、ニタア、と口の端を吊り上げた。

 この僕に唯一優しくしてくれるエレンが、実は僕を監視するための父の間者だということは分かっている。


 あれは……三回目の人生の時。

 この離れの屋敷に火をかけられて逃げ場を失った僕が窓から外を(のぞ)くと、屋敷の外から義母の陰にいたエレンがニヤニヤしながら眺めていたっけ。


 まあでも、僕の話を聞いたエレンは、今頃は父に伝えに行っているに違いない。

 そして、すぐにでも僕は差し出されることになるだろう。


 サウザンクレイン皇国にある唯一(・・)の、“ウッドストック大公家”へと。


 このウッドストック大公家は、現皇帝“エドワード=フォン=サウザンクレイン”の叔父にあたる“シリル=オブ=ウッドストック”大公が興した家で、今も現役であるウッドストック大公が皇国北部を治めている。


 そして、ウッドストック大公は跡継ぎである息子を戦争で亡くし、その後継者には大公のたった一人の孫娘だけだ。


 でも。


「……この大公の孫娘には、いろいろな噂がある」


 曰く、ウッドストック大公家の権力を欲しいままにして、善良な領民をさらっては夜な夜な趣味である拷問を行って血の風呂に入り、悲鳴を聞きながら愉悦に浸っている。

 曰く、実は孫娘の正体は魔族であり、その正体を知った者は全てこの世から消されている。


 故に、大公家の孫娘はこう呼ばれている。


 ――“大公家の怪物”、と。


 このような噂が流れている一番の理由は、孫娘の死んだ父親が、魔族と恋に落ちたという噂からだ。

 というのも、この孫娘の母親について、未来の大公夫人であるにもかかわらず社交界に一切登場したことがなく、その存在すら疑問視されていることが大きな要因となっている。


 また、大公の息子の死についても、あくまでも大公自身による公式発表のみで、葬儀なども大公と孫娘、それにほんの一握りの従者のみで行われたことからも、より信ぴょう性を増している要因となっている。


 一方で、この大公は孫娘を溺愛しているという噂もある。

 金と権力に任せ、その婿候補をあてがおうとしたらしく、実際に貴族家の次男、三男が大公と孫娘に面談が行われたこともあったとのこと。


 ……それ以降、その貴族家の次男、三男の姿を見た者はいないらしいけど。


 そんなこともあり、今では貴族の誰一人としてウッドストック大公家に近づく者はいなかった。


 だが。


「……野心家なあの男のことだ。本心では、皇室に匹敵するほどの大公家の地位や財産、その他全てを手に入れたいに違いない」


 今まで近づく者がいなかった大公家だからこそ、肉親であるこの僕がその一員……つまり、後継者である孫娘と婚姻関係を結べば、大公家を実質的に牛耳れると考えるだろう。


 幸いなことに、まがりなりにもグレンヴィル家はこの国で最も有力な侯爵家だ。家格としても申し分ない。

 あの義母だって、厄介払いができて清々するはずだ。


 もちろん、そんな噂がある中で僕の身の安全の保障なんてどこにもない。

 いや……これは賭け(・・)なんだ。


 この僕が生き残り、これまでの人生に対する復讐を行うための。


 だから。


「……大公の孫娘がどんな人物かだなんて関係ない。僕は大公や孫娘に取り入って、この家が及ばない力を手に入れ、そして……」


 ――グレンヴィル家に、悲惨な末路を。

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