誓い
「グス……ふふ、こんな婚約式の場で、ヒューに泣かされてしまいました……」
まだ涙が止まらないメルザが、ちろ、と舌を出しておどけながらそうささやく。
うん……そんな仕草も、表情も、全てが愛おしくて仕方ない。
「あはは……メルザを泣かせるのはこの僕の特権です。もちろん、嬉し涙以外は認めませんが」
「でしたら、私はおばあちゃんになるまでに、どれだけあなたに泣かされるのでしょうか?」
「さあ……でも、これだけは誓います。そんな嬉し涙の数以上に、君をたくさん笑顔にしてみせると」
「ふふ……もう」
「コホン」
はは……また大司教様に咳払いをされてしまった。
「では、お二人はこのまま皆様の祝福を受けながら退場なさってください」
「大司教様、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
僕とメルザは大司教様に向けて恭しく一礼すると、赤いカーペットの上を通って教会を後にする……んだけど。
「ふふ……お爺様ったら、あんなに号泣されてますね……」
「それは当然ですよ。あなたの幸せを、一番望んでいたのは大公殿下なのですから」
多分、大公殿下は行方不明のメルザのご両親に代わって、メルザを幸せにしようと頑張ってこられたのだろう。
だからこそ、メルザのことを誰よりも支えられる者を見つけようと躍起になっていたのだろうから。
「……でしたら、お爺様もこれで安心してくださいますね」
「ええ……絶対に、僕があなたを幸せにしてみせますから」
「はい……」
僕の肩に頬を寄せるメルザ。
そんな彼女を見つめていると……はは、こんな場でも義母は忌々し気に僕達を見るんだな。一応、アンナは外面だけは整えているみたいだけど。
なお、当然ながらここにルイスの姿はない。
こんな公の場に恥知らずなアイツがいたら、それこそグレンヴィル侯爵家の家門に泥を塗ってしまうからね。
とはいえ、僕が大公家に入った瞬間、その謹慎は解除されるんだろうけど。
「ヒューゴ様! おめでとうございます!」
そんなグレンヴィル侯爵家側で唯一、祝福の言葉を送っているのがエレンだった。
彼女も、僕と一緒に大公家に入ることになっている。
本来なら、モリー達が解雇された時に同じ処分を受けることになるはずなのに、何故か彼女だけは一切のお咎めがなかった。
まあ、エレンはグレンヴィル侯爵の間者だし精神魔法の使い手でもあるから、つまりはそういうことなのだろう。
「それにしても、この後両家で晩餐……ということにならずに済んで、よかったですね」
「ええ……さすがに、お爺様も一緒の場であの男の話題になったら、それこそ侯爵家が終わってしまいますから、賢明な判断だったと言えるのではないでしょうか?」
普通なら、婚約式の後は親族や他の貴族達への披露を兼ねて晩餐会が行われるものだけど、グレンヴィル侯爵側から辞退の申し出があったのだ。
さすがにルイスの話題が出た場合、夜這いの件が大公殿下に露見する危険性を考えれば当然ではあるんだけど。
そのため、今日は大公家のみのささやかな晩餐会……いや、大公殿下のことだから相当豪華な晩餐会を催すつもりなんだろうな……。
ということで。
「さあ、帰りましょうヒュー。私達の家へ」
「はい」
微笑みながら差し出したメルザの綺麗な手に、僕はそっと口づけをした。
◇
「はっは! めでたい! めでたいぞ!」
ウッドストック大公家での晩餐会。
案の定、大公殿下は大量のお酒を飲んで酔っ払っている。
「ふふ……ヒュー、明日からどうなさいますか?」
そんな大公殿下を眺めながら、隣に座るメルザが尋ねてきた。
「そうですね……」
グレンヴィル侯爵家への復讐に関しては、既に大公殿下が動き出しており、僕がすべきことは今のところ何もない。
とはいえ、のんびり過ごすというのも、僕には性に合わないような気がする。
侯爵家では、いつも人の目を盗んでは鍛錬をするか、勉強に励んでいたから……。
「はっは! 決まっておる! 二人が皇立学院に入学するまでに、婿殿はこの私が最強の武人に鍛えてみせるとも!」
ワインがなみなみと注がれたグラスを掲げ、大公殿下が大声で宣言した……って。
「た、大公殿下、僕も皇立学院に通うのですか!?」
「うむ、そうじゃ。そもそも、貴族なのじゃから皇立学院に通うのは当然じゃろう?」
驚く僕に、さも当たり前のように告げる大公殿下。
は、はは……この僕が、あの二回目の人生でルイスの替え玉でしか通うことができなかった皇立学院に……。
「ふふ……私も、ヒューと一緒に皇立学院に通うのが楽しみです……」
「あ……メルザも通うのでしたね……」
嬉しそうに微笑むメルザとは対照的に、僕の心に不安がよぎった。
何故なら、皇立学園の教員の中には、この皇国きっての若き魔法使いがいる。
“深淵の魔女”と呼ばれる、“シェリル=サウセイル”教授が。
「ヒュー……どうかしたのですか……?」
僕の感情を読み取ったのだろう。メルザが心配そうに僕を見ていた。
このことは……今後のことを考えたら、伝えておいたほうがいいだろう。
「……僕は、二回目の人生において、あくまでルイスの替え玉としてですが皇立学院に通ったことがあります」
「あ……そうでしたね……」
「ええ……大公殿下はご存知かもしれませんが、学院には“深淵の魔女”がいます。彼女なら、メルザの幻影魔法を看破する可能性を否定できません」
そう……ヴァンパイアであるメルザがいかに魔術に長けているとはいえ、サウセイル教授にバレてしまったら……。
「ふむ……確かに、婿殿の心配はもっともじゃの……」
いつしか僕の話に耳を傾けていた大公殿下が、顎髭を触りながら考え込んだ。
「だ、大丈夫です! 私の幻影魔法はそう簡単に見破れる代物ではありませんし、細心の注意を払うようにしますので!」
すると、メルザは必死で僕と大公殿下に訴える。
「……はっは、メルとしても、婿殿と一緒に学院に通いたいよの……」
「……はい」
そうか……メルザは、僕と一緒に学院に通うことを楽しみにしてくれてるんだね……。
だったら、僕が彼女の望みを叶えてあげられなくてどうするんだよ……!
――パシン。
「っ!? ヒュー、突然どうしたのですか!?」
気合いを入れるために思い切り自分の両頬を叩いたものだから、メルザが驚いて僕を見た。
「メルザ……学院では、この僕があなたを守ってみせます。絶対に、あなたがつらい思いをしないように」
「あ……」
そうとも。
僕は、彼女に誓ったじゃないか。
『メルザに嫌な思いをさせないよう、絶対に守ってみせますから』
って。
「大公殿下。どれほどつらい訓練でも構いません。僕を……この僕を、誰よりも強くしていただけませんでしょうか! お願いします!」
僕は立ち上がり、大公殿下に深々と頭を下げる。
メルザを守れる強さを、手に入れるために。
「はっは! 婿殿が強くなりたい理由が全てメルのためとは……最高の気分じゃわい! おうとも! 婿殿をこの私すらも超える武人にしてみせようぞ!」
僕の肩を、大公殿下が上機嫌でバシバシと何度も叩いた。
そして。
「っ……本当に、ヒューはいつだって、私が一番なのですね……!」
「もちろんです……メルザは、僕の全てなんですから……」
真紅の瞳から涙を零して見つめるメルザ。
僕は、そんな彼女の涙を指ですくうと、その涙に誓いの口づけをした。
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