通じ合った想い
「うう……緊張する……」
ルイスが夜這いなんて馬鹿な真似をして幽閉されてから一週間。
いよいよ、僕とメルザの婚約式が執り行われる日となった。
この一週間はグレンヴィル侯爵が家の者に対して僕達との接触を一切禁止したため、離れの屋敷で僕とメルザは楽しく過ごせた。
何より、ウッドストック大公家から使用人が来てくれたことで、メルザが穏やかにいられたことが大きい。
そのおかげで、メルザはたくさんの笑顔を見せてくれて、僕も嬉しい。
で、僕は婚約式が行われる教会に向かう馬車の中で一人、無事に式が執り行われるか、そわそわしっぱなしだったりする。
「ハア……こんな時、メルザの笑顔でも見ればすぐに落ち着くんだけど……」
窓の外を眺め、僕は溜息を吐く。
さすがに婚約式ということで、教会まではメルザと逢えないことになっていて、今日は朝から一度もメルザを見ていない。
何より。
『ふふ……明日、ヒューの素敵なお姿を拝見できるのを楽しみにしていますね』
昨日の夜、メルザから告げられたこの一言が、余計に僕にプレッシャーを与えている原因ではあるんだけど。
だけど。
「はは……元々、グレンヴィル侯爵家に復讐するためにウッドストック大公家に……メルザに近づいたはず、なんだけどね……」
そう呟いて、僕はクスリ、と笑った。
だって、復讐の炎は僕の中で今も燃えてはいるものの、それと同じくらい……いや、それ以上にメルザへの想いが強くなっている。
それに……僕は気づいたことがある。
「……メルザに、ちゃんと僕の気持ちを伝えたことが、ない……」
そう……メルザには『幸せだ』とか、『君に出逢えてよかった』とか、そういった感謝の言葉などはよく伝えるけど、肝心の僕のメルザへの想いに関して、口に出したことがないんだ……。
もちろん、メルザは僕の気持ちに気づいていると思う。
というか、悪意や嘘が見抜ける彼女だ、だったら好意や愛情についても見抜けない理屈はない。
「でも……絶対にメルザは僕の言葉を待ってる、はずなんだ……」
メルザは優しいし、僕の復讐のことも分かっているから、あえてその言葉を求めたりはしない。
だからって、それを言葉にしないと彼女だって不安なままのはず。
だから……今日、彼女に伝えるんだ。
僕の、この想いを。
◇
「…………………………」
教会の祭壇の前。
式を執り行う大司教様が見守る中、僕はメルザがやって来るのを固唾を飲んで待っている。
あの扉が開かれると、メルザは大公殿下にエスコートされて僕の元へ来るんだ……。
すると。
――ぎい。
ゆっくりと扉が開かれ、光と共に純白のドレスとヴェールに包まれたメルザとタキシード姿の大公殿下が姿を現した。
ウッドストック大公家、グレンヴィル侯爵家ゆかりの面々が見守る中、赤いカーペットの上をゆっくりと歩き、僕の前で止まった。
「……婿殿、メルをよろしく頼む」
「はい……お任せください」
僕は跪き、メルザの手を取る。
「ヒュー……」
ヴェールから覗くメルザは、これから誓う相手である女神“グレーネ”すらも足元に及ばないと思えるほど、綺麗で、輝いていて……。
「コホン」
はは……メルザに見惚れていたら、大司教様に咳払いをされてしまった。
でも、これはメルザが美しすぎるから仕方ない。
「では……恵みに富みたもう女神グレーネよ。聖なる摂理によって、この兄弟と姉妹とは、互いの愛と理解のもとに将来結婚する意思を表明し、いま女神グレーネと証人の前で婚約の誓いをなそうとしています……」
大司教様は、婚約式の祈祷を厳かに告げる。
「……ヒューゴ=グレンヴィルとメルトレーザ=オブ=ウッドストック、あなたがたはいま女神の御前で婚約するにあたり、今後の交わりを女神と人との前で清く正しく保つことを誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
僕とメルザは一緒に頭を下げる。
「女神グレーネよ、今この二人を聖なる誓いのもとに、婚約させてくださいましたことを感謝いたします。願わくは、その信仰と志とを守り、その交際と生活とを清め、いよいよ深い愛と理解とに進ませてください。また、やがて許されて結婚をする時まで、天来の祝福を豊かに受ける者とさせてください。女神グレーネの御名によってお祈りいたします……」
これで……僕とメルザは、無事に婚約した。
彼女は正真正銘、僕の婚約者だ。
さあ、言おう。
この誓いの時に相応しい、僕の想いを。
「メルザ……僕は、ただ失望と絶望しかなかったこれまでの人生で、その求めていたもの全てを諦めました……」
「ヒュー……?」
僕の言葉を聞き、一瞬メルザが不思議そうな表情を浮かべるけど、雰囲気を察した彼女は改まって姿勢を正した。
「そんなこれまでの人生を捨て去るために、僕は……あなたに近づいた」
「…………………………」
「するとどうだろう……こんな最低な僕を、暗がりの中であなたが照らしてくれたんです。温もりを与えてくれたんです……」
「そ、それはヒューも同じです……!」
「はは、まあ聞いてください……僕は確かに、あの時に救われました。それと同時に、僕の中であなたという存在が誰よりも大きくなりました。それは、これから先もずっと」
僕はすう、と息を大きく吸う。
たった一言の、大切な言葉を告げるために。
「メルザ……あなたが好きです。愛しています」
「っ!」
真紅の瞳を見開き、メルザが息を飲んだ。
そして。
「ヒュー! 私もあなたが好きです! 愛しています! こんな私を受け入れてくれて、求めてくれて! あなたの優しい眼差しが好きです! あなたの優しい声が好きです! 私に捧げてくれる、その想いが何よりも愛おしいのです……っ!」
その綺麗な紅い瞳から涙をぽろぽろと零し、感極まったメルザはゆっくりと僕と手を組んだ。
そんな彼女とおでこを合わせ、僕達はお互い涙でくしゃくしゃの顔で微笑み合う。
――お互いの想いが通じ合った、その幸せの瞬間を享受して。
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