侯爵の激昂
次の日の朝、ルイスがメルザの部屋に閉じ込められている状態で発見され、離れの屋敷……いや、グレンヴィル侯爵家全体が大騒ぎになった。
当然だ。
僕の婚約者になる女性で、あのウッドストック大公殿下の孫娘であるメルザの部屋に、あろうことかルイスは夜這いをかけようとしたんだ。
このことが大公殿下……いや、世間に知られれば、場合によっては侯爵家そのものが信用を失って没落することは目に見えている。
何より、こんな真似をしでかしたルイスは、もう貴族としては終わりだろう。
「……これは、どういうことだ?」
メルザの部屋から救出され、目の前で正座をしているルイスを、グレンヴィル侯爵が鋭い視線で見下ろしている。
「こ、これは……そう! 俺は兄さんに呼ばれて離れに来たら、この部屋に閉じ込められてしまったんだ! 父上からもきつく言われていたから断ったんだけど、兄さんがどうしてもって言うから仕方なく……」
はは……どうやらこの馬鹿、僕のせいにするつもりらしい。
確かに、大公家に行く前の境遇だった僕なら、その手は充分通用しただろう。
だけど……今の僕はメルザの婚約者となる者で、ここにはそのメルザ本人もいる。
つまり、このことをメルザが大公殿下に伝えた時点で、その嘘の真偽は関係なく、グレンヴィル家は窮地に立たされるということに気づいていない。
「……侯爵閣下。私はたまたまヒューの部屋におりましたから事なきを得ましたが、一歩間違えていれば、あなたのもう一人のご子息に穢されてしまうところでした。この責任、どうなさるおつもりですか?」
「……誠に、申し訳ありません……」
グレンヴィル侯爵は、ギリ、と歯噛みしながら深々と頭を下げた。
もはや、この状況をどうこうする術を持ち合わせていないのだろう。
「謝罪なんていりません。それよりも、この獣以下の者の処分を含め、どのようになさるのかをお聞きしているのです」
メルザは冷たい視線を向けながら、グレンヴィル侯爵に問いかける。
「……ルイス」
「ち、父上! 信じてください! 俺はそんなことを……「黙れッッッ!」……っ!?」
激昂したグレンヴィル侯爵に怒鳴りつけられ、ルイスは驚いて思わず仰け反る。
「貴様は北の塔で無期限謹慎だ! 連れて行け!」
「ま、待ってください! 父上……父上えええええ!」
グレンヴィル侯爵の指示を受けた騎士が、暴れるルイスを引きずってこの場から離れていった。
「それとっ! やすやすと侵入者を許し、満足に屋敷の管理もできん者なぞ、我が侯爵家には不要! 責任者のモリー以下、離れの屋敷におった者は全員クビだッッッ!」
「っ!? お、お待ちください! ど、どうかお考え直しください!」
「黙れ! こやつ等も全員敷地の外に放り出せ!」
続いてモリー達使用人数人も、同じく屋敷から追い出された。
はは……まあ、モリーに関しては横領が見つかって首を刎ねられるよりはましかもな。
「こたびのこと、このジェイコブ=グレンヴィル、心より謝罪申し上げます……貴様等も頭を下げんかあっ!」
「っ! ま、誠に申し訳ございません!」
「申し訳ございませんでした!」
侯爵に怒鳴られ、この場にいた義母やアンナ、執事長からメイドに至るまで、一斉に膝をつき首を垂れて謝罪する。
「ハア……大公家から使用人を呼び寄せますので、これから婚約式までの間、侯爵家の方々は一切この離れの屋敷に立ち入らないでください。もちろん、屋敷の外でも、私達に会話も、接触もなさらないでください。それが謝罪を受け入れる条件です」
「……承知しました」
溜息を吐きながらメルザの突きつけた条件を、グレンヴィル侯爵は首肯して示した。
「皆の者、聞いたであろう。ならば、即刻この場から立ち去れッッッ!」
「「「「「は、はい!」」」」」
グレンヴィル侯爵の号令と共に、義母、アンナ、使用人全員が蜘蛛の子を散らすように大慌てで去って行った。
「……では、私も失礼します」
「ごきげんよう」
深々と頭を下げるグレンヴィル侯爵に、メルザは手をヒラヒラさせながら、素っ気なくあしらった。
そして……この離れの屋敷には、僕とメルザだけが残った。
「ふふ……これでようやく落ち着くことができそうです」
「で、ですが、新たに大公家から使用人を呼ぶ、ということですが……」
「ええ。既に皇都の屋敷で皆が待ち構えていると思いますので、使いを出して一時間もしないうちに来ると思います」
そう言うと、メルザはクスリ、と微笑んだ。
どうやら、こんな事態になることはあらかじめ想定していたみたいだ。
「はは……だったら僕にもそう教えてくださればよかったのに……」
「いえ、私もここまで愚かだとは思っていませんでしたし、ヒューが私のことを守ってくれることも分かっていましたから、杞憂に終わるかとも思ったんですが……」
……それを言われると、僕も返す言葉がない。
僕だって、ここまで節操がないだなんて思わないし……。
「ふふ……皆が来るまで朝食はおあずけのようですので、そ、その……もう少し、部屋でゆっくりいたしましょう……」
メルザが上目遣いで僕の顔を覗き込みながら、おずおずとそんな提案をした。
もちろん、僕もその提案に否やはない。
「はは……じゃあ、行きましょう」
「はい!」
メルザの手を取り、僕達は部屋へと戻った。
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