鬼の娘と森の集落
「あ、あの……お兄ちゃんとお姉ちゃんは、悪いニンゲン、ですか……?」
現れたのは、額に角を生やした可愛らしい小さな女の子だった。
どうやら、オーガの種族みたいだ。
「ふふ……悪いニンゲンかどうか、となりますと、悪いニンゲンには悪くなりますね」
「えええええ!? それだと、悪いニンゲンに悪いから悪くないけど、だけど悪いってことだから……」
オーガの女の子は、メルザの答えで混乱してしまった。
あはは、可愛いなあ。
「僕達は、悪いニンゲンをやっつけたりするんです。だから、君みたいな可愛い女の子には、絶対に酷いことをしたりはしないかな」
「……本当?」
「もちろん」
笑顔で頷くと、上目遣いで窺っていた女の子の表情が、パアア、と明るくなる。
「じゃあ! じゃあ! お兄ちゃん達はいいニンゲンなんだね!」
「そうですね。少なくとも、私達はお嬢さんにとっていいニンゲンだと思います」
……メルザの言葉、色々と含みがあるなあ。
確かに僕達だって聖人君子ではないから、必ずしも良い人だとは思っていないけど。
「ふふ、だってお嬢さんったら、こんなに可愛らしいんですもの」
「えへへ、そっかー。でも、お姉ちゃんもすごく綺麗だよ!」
「ありがとうございます」
女の子を見つめながら、メルザは相好を崩すと。
「…………………………」
興奮した様子のメルザが、真紅の瞳で僕に訴えかけてくる……。
どうやら、『この女の子、すごく可愛いです!』ということらしい。
まあ、それについては僕も同感ですけど。
「ところで、僕達はこの森のどこかにあるという魔族の集落を探しているんだけど、君は知らないかな?」
「っ!?」
そう告げた瞬間、女の子の表情が一変し、怯えた様子を見せた。
「違うんです。実はそこに私のお母様がいるみたいで、訪ねてきたんです」
メルザは、口元から牙を覗かせた。
自分も魔族……ヴァンパイアであることを示すために。
「あ! お姉ちゃんもエルトレーザ様と一緒だったんだ!」
それを見た女の子は、警戒を解いてくれた。
だけど今、『エルトレーザ様』って……。
「エルトレーザというのは、私の母の名前なんです」
「すごい! じゃあお姉ちゃんって、エルトレーザ様の子どもなんだね!」
「ふふ、そうですよ」
「うわあああ……でも、エルトレーザ様と違ってお姉ちゃんのほうが大人だね」
うん……まあ、見た目は確かに。
実際には圧倒的な年齢差だけど。
「では、私達を案内してくれませんか? ……って、その前に、私はメルトレーザで、こちらが私の婚約者のヒューゴです」
さりげなく婚約者と紹介してくれたメルザに、僕は嬉しくなってしまう。
「よろしくね。それで、君の名前はなんて言うのかな?」
「私は、“キキ”だよ!」
オーガの女の子……キキは、満面の笑みを浮かべた。
◇
「へえ……じゃあキキの住んでいる集落は、魔族達の集落のすぐ隣にあるんだね」
「うん! 私達が獲物を捕まえたら、他のものと交換してくれるの! 特にヤギの乳で作ったチーズ、すっごく美味しいんだよ!」
魔族の集落へ向かう道中、キキが色々と話してくれた。
聞いたところによれば、漆黒の森には魔族の集落だけでなく、キキ達が暮らすオーガの集落、ドラゴンの棲家など多種多様な魔物、魔族がいるみたいだ。
「……元々は、私達オーガも他のところに住んでたらしいんだけど、悪いニンゲンに追い出されてこの森に来たって、お母さんが教えてくれたの。だから、『悪いニンゲンには近づいたら駄目』だって」
「そうですか……」
人間によって迫害を受け、オーガがこの森に流れ着いた、か……。
ひょっとしたら、魔族を狙っていたサウセイル教授達によってオーガも巻き込まれたのかもしれないな。
「あ、着いたよ」
キキが指差した先の木々の隙間から覗く、木造の家や畑、それに家畜なども。
あれが魔族の集落で間違いないみたいだ。
「キキ、ありがとう。君のおかげで、迷わずに来ることができたよ」
「えへへ、どういたしまして」
お礼の言葉とともに頭を優しく撫でてあげると、キキは嬉しそうに眼を細めた。
その時。
「……なんじゃ。妙な気配がすると思ったら、お主達か」
「「っ!?」」
突然背後に現れた気配とその独特の言葉遣いに、僕達は勢いよく振り返ると。
「フン」
ヴァンパイアの真祖であり、メルザの母親……エルトレーザ=オブ=ウッドストックが、腕組みしながら仏頂面で仁王立ちしていた。
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