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夜の庭園

「……本当に、すいません」


 夕食会を終えて離れの屋敷へと戻ると、僕はただひたすらメルザに謝罪していた。


「謝らないでください、ヒュー。あなたは何も悪くないではないですか」

「で、ですが、さすがにアレは目に余ります……」

「まあ……それは……」


 食堂に来てすぐにあったひと悶着を思い出し、さすがのメルザも言い淀んだ。

 それくらい、あの連中のしたことは礼に欠けるものばかりだったんだから。


「ヒュー、もう夕食会のことは忘れましょう。それよりも、食事を終えたら連れて行って下さるとおっしゃっていましたが……」


 そう言うと、メルザが期待するような瞳で僕を見る。


「そうでしたね。でしたら、今日は暖かくて夜風が心地よいので、メルザがお風呂から上がった後、涼みに行きましょうか」

「はい!」


 僕は部屋のベルを手に取り、チリン、と鳴らす。


「お呼びでしょうか!」

「すまないが、これからメルザがお風呂に入るので、すぐに支度するように」

「承知しました!」


 まるで待ち構えていたかのようにエレンが素早く現れたので用件を伝えると、敬礼をして勢いよく飛び出して行った。

 こ、この反応は一体……。


「ふふ……おそらく、グレンヴィル侯爵に何か言われたのでしょう。彼女に恐れのような感情の色が視えましたから」

「そうなんですね……」


 うん……僕も、メルザには変な感情を抱いたりしないようにしないと……。

 絶対に嫌われたくないからね……。


「あ……ふふ、ヒューは感情を隠すのが苦手ですね……」


 メルザがしなだれかかり、僕の顔を(のぞ)き込む。

 その真紅の瞳を潤ませながら。


「あはは……その、吸います(・・・・)?」

「……本当は、一か月に一回で充分足りるはずなのですが……どうしても、ほんの一口でも、と求めてしまいます……」


 そう言うと、メルザが僕の首筋に顔を近づけて。


 ――かぷ。


「ん……んく……」


 こくん、と可愛く喉を鳴らし、彼女はすぐに離れてしまった。


「? もういいのですか?」

「はい……このままですと、ヒューが枯れてしまうまで飲んでしまいそうですし……」

「あ、あはは……さすがにそれは勘弁してほしいかな……」


 頬を赤く染めながら恥ずかしそうに告げるメルザに、僕は思わず苦笑した。


 すると。


 ――コン、コン。


「メルトレーザ様、お風呂の準備が整いました」


 エレンが部屋へメルザを呼びに来た。


「ふふ……では、少しだけ行ってまいりますね」

「ええ、待っています」


 そうして、僕はエレンと一緒に部屋を出るメルザを見送った。


 ◇


「ふう……お待たせしました」


 一時間後、メルザが頬を上気させながら戻ってきた。

 その綺麗な長い黒髪も、ほんのり湿っていてより艶やかに見える。


「? ヒュー、どうかしましたか?」

「あ、い、いえ……」


 駄目だ……お風呂上がりのメルザが色っぽくて、いやらしい感情でメルザを見てしまう……。


「ふふ……あなたは私の婚約者なのですから、構いませんのに……むしろ、その眼差しは好ましいですよ……?」

「あう……」


 うう……そんな艶っぽい声で言われてしまうと、変なことばかり想像してしまう……。


「メ、メルザ! では、行きましょうか!」


 僕はそんな(よこしま)な雑念を振り払うためにかぶりを振ると、勢いよく立ち上がって彼女にそう告げた。


「ふふ……ええ、お願いします」


 クスクスと笑うメルザの手を取り、僕は部屋を出て目的の場所へと向かう。


 そして。


「ここが……」

「はは……全然大したところではないんですけどね……」


 僕達は、庭園へとやって来た。


「……ここは、僕がつらい時、悲しい時、苦しい時、そんな時に来て、心を癒してきたたった一つの場所なんです」

「そうなんですね……」

「はい……本当の母上(・・・・・)が、いつも訪れていたそうです……」


 母上も、悲しくてつらくて、苦しい時にはここへ来ていたんだろうか……。


 ふと、そんなことを考えていると。


 ――ぴと。


「……ヒューが大公家に住む際には、同じ庭園を作りましょう」


 僕に肩を寄せ、メルザがそうささやいた。


「はは……大公家に行けば、メルザと大公殿下が……家族(・・)がいますから、慰めはいらないかもしれませんが……ですが、ありがとうございます……」

「あ……も、もう……そうやってヒューは、私を喜ばせてばかりなんですから……」


 そう言って少し恥ずかしそうにするメルザの透き通るほど白い肌が、月明かりに照らされ、僕の瞳にさらに青白く映る。

 それは、あまりにも幻想的で、とてもこの世のものとは思えないほど美しくて……。


「メルザ……僕は、あなたに出逢えて本当に幸せです……」

「ふふ……私こそです。私のこれまでは、あなたに出逢うための布石だったのかもしれませんね……」


 僕達は肩を寄せ合いながら、夜空に輝く下弦の月を眺めていると。


 ――ひゅう。


 風が吹き、メルザの長い髪がたなびいて僕の耳をくすぐった。


「……風邪をひくといけませんから、そろそろ戻りましょうか」

「あ……私は大丈夫ですよ?」

「いえ、一週間後に大事な婚約式が控えているんです。メルザの体調第一ですよ?」


 もう少しここに居たそうなメルザに、そう言って諭す。


「……分かりました。ですが、明日もここに連れてきてくださいますか……?」

「ええ……もちろんです」


 渋々ながら納得してくれた彼女の手を取り、僕達は屋敷の中へと戻る……んだけど。


「あれは……」

「ルイス……ですね……」


 屋敷の玄関で、周りの様子を(うかが)いながら、中へと入っていくルイスの姿があった。

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