夕食会
「ヒューゴ様、メルトレーザ様、夕食の準備が整いました」
メルザと談笑している中、エレンが僕達を呼びに来た。
ハア……またあの連中と顔を合わせないといけないのか……。
「ふふ。ヒュー、明日の朝から婚約式の間までは、この離れで食事をすることにしましょうね?」
僕の顔を覗き込んでそう告げた後、メルザがチラリ、とエレンを見る。
すると、エレンは一瞬だけ顔をしかめるが、すぐに元の表情に戻った。
「では、まいりましょう」
「ええ」
メルザの手を取り、エレンの後に続いて離れの屋敷から外に出る。
「あ……今日の月も綺麗ですね」
空を眺めながら、メルザがポツリ、と呟く。
「はは……食事が終わって離れに戻ったら、あなたを連れて行きたいところがあるんですが……」
「まあ、そうなんですね。楽しみです」
僕の提案に、メルザがニコリ、と微笑んだ。
ちっぽけな場所ではあるけれど、メルザが喜んでくれるといいな……。
「こちらです」
本邸の中に入り、食堂へ来ると。
「「「……………………………」」」
既に来ていた義母、ルイス、アンナが無言で僕達を見る。
ただし、その視線は三者三様だけど。
義母は忌々し気に僕を睨み、ルイスは言わずもがなねめつけるようにメルザを見て、アンナは僅かに嘲笑を浮かべていた。
そして、早速この家の者共はやらかした。
「メルトレーザ様、こちらの席へ」
本邸のメイドが椅子を引いた場所は、義母の向かい側……つまり、グランヴィル侯爵に最も近い席だった。
「……それは、どういう意味ですか?」
当然だけど、メルザはメイドを睨みつけて問い質す。
「あ……そ、その、身分が最も高いメルトレーザ様を上席とするようにと……」
そう言って、メイドがチラリ、と義母を見た。
ああ……義母なりに気を遣ったつもりらしいけど、こんなの完全にはき違えているだろう。
「ヒューはこのグランヴィル侯爵家の長男、そして、私の婚約者……いえ、いずれウッドストック大公の後継者となる人ですよ? なのに、そんな彼を差し置いてこの私が上席に座るなど、常識がなさすぎるのでは?」
メルザは凍えそうなほど冷たい視線を義母へと向ける。
返答次第では、ただではおかないと言わんばかりに。
「……ですがメルトレーザ様、このグレンヴィル家の後継者はこちらのルイスであり、あなたはまだヒューゴの婚約者ではありません。ならば、ヒューゴがそのような席に座る資格はないかと」
へえ……いつもヒステリーを起こすだけで頭の回らない義母にしては、よく口がなめらかじゃないか。
まあ、だれかが入れ知恵したんだろうけど、それは悪手だよ。
「……今の言葉、ヒューを私の婚約者にと誰よりも望んでいる、祖父の願いをないがしろにするという意味ですね?」
「っ!? い、いえ、そのようなことは……!」
「同じですよ、そして、グレンヴィル家は皇国の武を司るウッドストック大公家を甘く見ているということもよく分かりました」
「…………………………」
当然、こうなることは明白だ。
ここに至ってようやく気づいたのか、義母は顔面蒼白になっている。
すると。
「申し訳ありません、メルトレーザ様。母は喜んでいただくため、気持ちが空回りしてしまったみたいです」
アンナが立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げた。
フン……そういえば、アンナはこういう性格だったな。
常に周りの評価を気にして淑女然として振舞うけど、その実、誰よりも人を蔑んでいる。
それは、僕だけじゃなくて実の母や兄に対しても。
でも。
「そのような上辺だけの謝罪など受け取るつもりはありません。そもそも、末席に座るあなたに、どうしてそのような権利がおありで?」
「っ!? ……いえ、出過ぎた真似をいたしました」
唇を噛み、アンナは顔を伏せて席に座る。
そもそも人の悪意や嘘を見抜く能力を持つメルザに、そんな振舞いが通用するはずがない。余計に不快にさせるだけだ。
その時。
「……どうしたのだ、一体」
遅れてやって来たグレンヴィル侯爵は、場の異様な雰囲気に気づいて誰ともなく尋ねる。
「お館様、その……」
執事長が耳打ちしながら、グレンヴィル侯爵に今起こったことを説明する。
「……そうか。メルトレーザ殿、妻達が失礼しました」
「……いえ。それで、私とヒューはどのように座ればよろしいでしょうか?」
「もちろん、ヒューゴが上席、その隣がメルトレーザ殿です」
「それを聞いて安心しました」
メルザはニコリ、と微笑むと、僕達はようやく席に座る。
「では、食事を始めよう。メルトレーザ殿、ようこそグレンヴィル家へ」
グレンヴィル侯爵がグラスを掲げたのを合図に、楽しくもない夕食が始まった。
なお、さすがにメルザというお客がいるので、テーブルには豪華な食事が並ぶ。
会話もなく静かに食事が進む中、沈黙を破ったのはルイスだった。
「それにしても……メルトレーザ様の食事をする姿、惚れ惚れするほど素晴らしいですね。できれば、絵画に収めたいほどに」
「そうですか」
そんな絶賛する言葉を、興味ないとばかりに切って捨てるメルザ。
まあ、能力のない僕でも分かるくらい、下心が見え見えだからね。
「うふふ……ルイスお兄様、ひょっとしてメルトレーザ様に見惚れてしまわれたのですか?」
「ハハ……さすがにそこまで節操がないわけではないさ」
……コイツ、どの口が言っているんだろうか。
僕がいないのを見計らって、メルザしかいない応接室に乗り込んできたくせに。
「……ルイス。ヒューゴとメルトレーザ殿がいる間、お前は離れに近づくことを一切禁じる。肝に銘じておけ」
「……はい」
グレンヴィル侯爵にそう言い放たれ、ルイスは眉根を寄せながらうつむいた。
どうやらエレンは、ちゃんと伝えたみたいだな。
そうして、これまでの人生であれほど望んでいたはずの家族団らんの夕食会は、ピリピリした雰囲気のまま終了した。
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