微睡みの中で
――母君の喉笛に、サーベルの切っ先を突きつけた。
そして、時は動き出す。
「っ!?」
「……あなたがメルザの母親じゃなかったら、僕は間違いなく殺していました」
サーベルの切っ先が触れていることに気づいた母君が、目を見開いて息を飲む。
そんな彼女に、僕は冷たく言い放った。
実の娘にあんな殺気を向けたこのヴァンパイアを、どうやら僕は許せそうにないらしい。
もはや、僕のことをどう思われようと知ったことか。
でも……メルザの母親だから。
「っ! 何をしたかは知らぬが、その程度で勝った気になっておるのか! そのようななまくらの剣で、妾の身体には傷一つつけることなどできんわ!」
「……エルトレーザよ。私が婿殿に与えたそのサーベルは、東方にて魔を討つとされる霊刀をしつらえたもの。たとえヴァンパイアの真祖とて、無事では済まんよ」
「っ!?」
大公殿下が静かにそう告げ、母君の首筋を指差す。
サーベルの切っ先がほんの僅かに触れている部分から、赤い血が一滴、その白く細い首筋を伝った。
「た、たまたまじゃ! たまたま、妾が目を離してしまっただけ……っ!?」
僕はもう一度能力を発動し、母君の背後に回ってうなじにサーベルの切っ先を突き付けた。
「どうやら決着はついたようじゃの。この勝負、婿殿の勝ちじゃ」
「ヒュー!」
大公殿下が僕の勝ちを告げた瞬間、メルザは呆然とする母君を無視し、僕を抱きかかえた。
「本当に……あなたは無茶をして……っ!」
「あ、あはは……当然じゃないですか。僕は、大切な未来の妻と父をないがしろにされて、黙ってなんていられません」
だけど……はは、やっぱりメルザだな。
僕がもう限界だってことを、すぐに悟っちゃうんだから。
「……義母上、この勝負は僕が勝ちました。ですから、今度こそメルザの母親として、誤魔化さずにちゃんと向き合ってください」
「…………………………」
そう言葉を投げかけるも、母君は反応を示さない。
すると。
「いやはや……ヒューゴ君、君はすごいね……人の身でありながら僕のエルに勝つなんて……」
母君を抱きしめ、父君がそう言って苦笑した。
「それで、申し訳ないけどエルがこんな状態だから、先程の君の言葉については後日改めてとさせてもらうよ。その時は、ちゃんと僕達も向き合うから」
「は、はい……」
「さあ、行こうエル」
「オラシオ……オラシオお……」
母君は父君から優しく言葉をかけられると、泣きじゃくりながら父君に抱きついた。
まあ、それだけ父君のことが好きなんだろうけど……少しはメルザのことも顧みてほしい。
「じゃあ、次は向こうで」
「「「「「っ!?」」」」」
そう言うと、目の前に光の魔法陣が浮かび上がった。
こ、これは……サウセイル教授が発動した魔法陣を小さくしたもの……?
「グス……フン、“原初の魔女”だか知らぬが、ヴァンパイアの真祖であるこの妾にできぬことなどないわ……」
まだ泣き止んでいないながらも、母君はそう言って鼻を鳴らした。
「父上。僕達の拠点は、オルレアン王国の北西にある“漆黒の森”にあります。それと……王国はますます怪しげな動きを見せています。どうか父上もお気をつけて」
「フン、言われんでも分かっておるわい! ……じゃが、息災で暮らせ」
「はい……」
大公殿下が顔を背けながらそう言うと、父君が深々と頭を下げた。
そして。
「じゃあ、また」
「……フン、妾は負けてなどおらぬからな」
最後まで悪態を吐きながら、父君と母君は一瞬にしてこの場からいなくなった。
「ほ、本当に……まるで嵐のような二人でした……」
「あ、あはは、そうですね……」
あの二人が転移して役目を終えた光の魔法陣が消えゆくのを眺めながら、ポツリ、と呟くメルザに、僕も苦笑しながら頷いた。
「だけど、お二人の居場所は分かりましたが、義父上はおっしゃってましたよね……? 『次は向こうで』って。これ、僕達に来いということでしょうか……」
前回のオルレアン王国への潜入の時にも大変な思いをしたのに、また同じ目に遭わないとけないのか……。
「やれやれ、仕方ないのう……」
大公殿下がかぶりを振りながら苦笑する。
「え、ええと……その時は、アビゲイルさんとモニカ教授も一緒に来ていただいても……?」
「あは♪ もちろんあの連中を見つけたら、調理していいのよね♪」
「ふふ、まあ仕方ないな」
どうやら二人も、僕達に付き合ってくれるみたいだ。
「そ、その時はこの私も一緒に!」
訓練場の片隅で見守っていたヘレンも、胸に手を当てて申し出てくれた。
「そうだね。またこの前と同じように、みんなで一緒に行こう」
「はい!」
ヘレンが満面の笑みを浮かべながら、恭しく一礼した。
だけど……さすがに疲れたなあ……。
「メルザ……すいません、あなたの肩をお借りしても……?」
「はい、もちろんです……って、ふふ……」
クスクスと微笑むメルザの声を微睡みの中で聞きながら、僕はゆっくりと意識が遠のいていった。
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