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真祖との一戦

「貴様の持つ、その獲物。それを用いて、この(わらわ)を服従させてみせよ。ならば、貴様の望むようにしようぞ」


 そう言うと、母君は牙を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべた。


「っ!? お母様、何を!」

「メルは黙っておれ! ここまで大口を叩いたのじゃ! 口先だけの男かどうか、試してやらねば気が済まぬ!」


 メルザが抗議しようとするが、母君に折れる気はなく怒鳴りつけた。

 そして……ここまで言っても(かえり)みないんだな……。


「分かりました」

「ヒュー!? 分かっているのですか!? お母様はヴァンパイアの真祖なのですよ!?」

「もちろん分かっています。ですが……怒っているのは義母上だけじゃありません」


 僕が了承すると、メルザは慌てて止めようとするが、僕だって折れるつもりはない。

 だって、ヴァンパイアの真祖である前に、メルザにとってたった一人の母親であるはずなのに、僕の大切な女性(ひと)の気持ちをまだ踏みにじり続けているんだから。


「では、訓練場へとまいりましょう」

「フン、その度胸だけは買ってやろう。じゃが、泣いて許しを請うても遅いぞ」


 僕と母君は、互いに視線を交わし、訓練場へと向かう。

 メルザや大公殿下、父君、それに僕達の様子を見守っていたモニカ教授とアビゲイルもその後に続いた。


「ふむ……懐かしいのう」


 訓練場に着くなり、母君がポツリ、と呟く。


「……ヴァンパイアの真祖ですのに、訓練場で訓練なんてするんですか?」

「馬鹿を申すな。(わらわ)ではなく、オラシオのほうじゃ。いつも御父上に稽古をつけてもらっていては、地面に転がっておったわい……」


 そう言うと、母君が口元を緩める。


「……さて、昔話はそれくらいにして、そろそろ始めるとするかの」

「はい」


 僕は体勢を低くし、柄に右手を添えた。


「なんじゃ、抜かんのか?」

「これが僕のスタイルですから」

「フン、まあよいわ。御父上、合図をお願いします」

「分かった」


 母君の言葉を受け、大公殿下が一歩前に出る。


 そして。


「始め!」


 合図と共に、僕と母君は動……かずに、お互い見合ったままでいる。

 僕の抜刀術は、間合いに入って来た敵を瞬時に仕留めるスタイルだから仕方ないが、お母様はといえば、ただ無造作に立っているだけだ。


 でも……僕は、目の前の圧倒的強者に対し、先程からずっと冷汗が止まらない。


「なんじゃ、かかって来ぬのか。つまらんのう」

「すいません。できれば、義母上から来ていただけると助かります」

「ほう? ……どれ」


 すると、母君がまるで散歩でもするかのように、軽い足取りでこちらへと向かってきた。

 正直、この母君に対して寸止めとか、相手のことを気遣うだけの余裕は一切ない。


 ただ……振るうのみ。


 一歩一歩、母君が近づいてくる。

 その小さな右脚が僕の間合いに入った、その時。


「ふッッッ!」


 僕は一気に息を吐くと同時に、最速の剣撃を放った。


「ふむ……まあ、人間にしては(・・・・・・)ましな部類に入るか」

「っ!?」


 なんと母君は僕のサーベルを、人差し指と親指で事もなげにつまみ、受け止めてしまった。

 僕の……メルザと大公殿下とで積み上げてきた、この一撃を……って!?


「アグッ!?」

「なんじゃ、受け止めてやった途端、隙だらけじゃぞ」


 横腹に強烈な蹴りを食らい、僕はそのまま地面に叩きつけられ、そのまま転がる。

 クソッ! 相手はヴァンパイアの真祖なんだ! たった一回止められたくらいで呆けてどうする!


 僕はすぐに立ち上がり、体勢を整える……っ!?


「ぎ、義母上はどこだ!?」

「ヒュー! 後ろです!」

「遅い」

「っ!? ガ……ッ!?」


 いつの間にか後ろに回り込んでいた母君が、僕の首筋に手刀を落とす。

 その後も、僕は何度も殴られ、蹴られ続けた。


「ハア……ハア……ッ」

「フン、人間としてはそこそこ(・・・・)強いが、それだけじゃ。ようもこれで、大口を叩けたもんじゃ」


 膝をつく僕に、母君が吐き捨てるようにそう言った。

 だけど……やはりヴァンパイアの真祖、圧倒的な強さだ。


 正直、僕は勝つことができないだろう……って、そんなことは最初から分かり切っていた。

 でも、それでも……僕は、この人に勝たなくちゃいけない。


 メルザと大公殿下の……僕の大切な家族のために……!


「……まあ、やはり貴様ではメルの相手には相応しくない。後腐れがないよう、ここで死ね」


 母君がその言葉を告げた瞬間、訓練場の空気が変わる。

 ヴァンパイアの真祖が放つ強烈な殺気の全てを向けられ、僕の身体が心に反して震え出した。


「心配いたすな。せめてもの情けじゃ、気づくことなく終わらせてやろう」

「そうはさせません!」


 その時、メルザが母君の前に立ちはだかる。


「メル、そこを退け」

「嫌です、このままヒューを殺そうとするのなら、その前に私があなたを殺します(・・・・)

「ほう……混血風情が舐めるなよ?」

「っ!?」


 実の娘であるメルザに対しても、同じように殺気を向ける母君。

 その瞬間……僕の中で何かが切れた(・・・)


 ――ドクン。


 僕の心臓が、激しく鼓動を打った。

 そして……メルザが、母君が、見ている者が、全てが止まる。


 僕は。


 ――母君の喉笛に、サーベルの切っ先を突きつけた。

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