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止まった世界、救った未来

 ――ドクン。


 僕の心臓が、今まで経験したことがないほど、激しく打った。


(え……?)


 それと同時に、目の前の不思議な光景に加えて、突然訪れた静寂に息が詰まる。

 だって……あれだけ激しく動き、叫んでいたみんなが、サウセイル教授達が、全く動かなくなってしまったのだから。


(こ、これは一体……)


 僕は状況が理解できない中、今まさに首を捕まれ、連れ去られようとしていたメルザへ向けて歩き出そうとする……って、う、動けない!?


 一歩も踏み出せないどころか、指の一本すら自由にならず、僕は焦る。

 今……まるで絵画のように、ただそこにある今こそ、メルザを救う最大の好機だというのに。


(頼む! 動け! 動いてくれ!)


 必死に叫ぼうとするけど、声も出ず、口も舌も動かない。

 僕は……ただ、メルザがサウセイル教授に襲われている瞬間を、まるで拷問のように永遠に見続けないといけないのか……!


 僕は、救わなきゃいけないんだ。

 誰よりも愛する、たった一人の女性(ひと)


 ――メルトレーザーオブ=ストックを。


 だから。


「動けえええええええええええええええッッッ!」


 突然発することができた叫びと共に、僕は地面を蹴って一気にメルザの元へと飛び出した。

 どうして急に動けるようになったのかは分からない。

 でも、今はそんなことはどうでもいい。


 この目の前の好機、絶対にメルザを救うんだッッッ!


「ああああああああああああああッッッ!」


 メルザの元へとたどり着けた僕は、絶叫と共に渾身の力を込めてサーベルを一閃させた。


 その瞬間。


 ――パキイイイイイインンン……。


 そんな乾いた音が僕の耳に鳴り響く。


 そして……全てが(・・・)動き出した(・・・・・)


「ッ!? アアアアアアアアアアアアアッッッ!?」

「が、は……っ」


 手を伸ばした胸から下を両断されたサウセイル教授が、悲鳴を上げながら地面へと落下する。

 メルザも、拘束していたサウセイル教授の手が離れたことによって、急に呼吸をしたから激しくむせた。


 その光景を見届け、僕は……視界が、真っ暗になった。


 ◇


 ――ヒュー! ヒュー!


 ……誰かが、僕の名前を呼んでいる。

 でも、この声が誰なのか、僕はよく知っている。


 僕の心を……救ってくれた女性(ひと)の声。


「……ュー! ヒュー! お願い! 目を覚ましてくださいッッッ!」


 そんな叫び声がはっきりと僕の耳に、心に届くようになり、同時に温かいものがポタ、ポタ、と顔に落ちてきた。


 ああ……早く目を開けないと。

 僕の大切な女性(ひと)が、悲しんでいるから。


 だから。


「んう……」

「っ! ヒュー! ヒュー!」


 薄っすらと目を開けると、そこには大粒の涙をぽろぽろと(こぼ)しながら、必死で叫ぶメルザの綺麗な顔があった。


「ああ……! ヒュー……ッ!」

「メル、ザ……」


 僕が意識を取り戻したのを見た瞬間、メルザがくしゃくしゃの顔を、さらにくしゃくしゃにさせた。

 でも……僕は、守れたんだ。


 あの、シェリル=ダスピルクエット=サウセイルの手から。


 ◇


「あ、あはは……ありがとうございます……」

「本当に、心配したんですから……」


 その後、僕は全身の痛みで一切身動きが取れず、メルザが抱き起こしてくれた。

 原因は、おそらく誰も動けない世界(・・)の中で、無理やり身体を動かしたことによる反動だろう。


「それで……サウセイル教授の胴体を真っ二つにしたところまでは覚えているんですが、その後どうなったんですか?」

「は、はい……」


 そう尋ねると、メルザが一部始終を教えてくれた。


 胴体を半分にされたサウセイル教授は、そのまま地面に落ちた。

 そして、メルザがむせてしまっていた隙に、あの大道芸人がサウセイル教授の上半身を素早く回収し、携帯用の転移魔法陣でこの場から逃げ去ってしまったらしい。


 なお、他の五人の死体については、今もこの場に捨て置かれたままだ。


「……せっかくヒューが私を救ってくださったというのに、みすみす逃してしまうなんて……っ」


 メルザは悔しそうに唇を噛む。


「あはは……僕は、そんなことはどうでもいいです」

「っ! ですが!」

「それよりも、あなたを守り抜くことができたこと、それだけで充分です。あなたが(そば)にいてくれる、それだけで幸せです……」

「ヒュー……はい、私はあなたのおかげで、今もここにいます。あなたのおかげで、誰よりも愛する人の(そば)にいます」


 そう言って、メルザが僕の手を強く握ってくれた。

 ああ……この温もりを手放さずに済んで、本当によかった……。


「ところで婿殿。あの時のあの動き、あれは一体何だったんじゃ?」

「うむ。私の目には、ヒューゴ君がまるで転移魔法でも使ったかのように映ったんだが……」


 大公殿下とモニカ教授が、そう言って尋ねる。


「正直、僕にもよく分かりません。突然、目の前の全てが絵画のように止まってしまい、その中で無理やり身体を動かそうとしたら、何故か僕だけが(・・・・)動けたんです……」

「それは、本当によく分からない現象ですね……魔法なのか、この場所がそういうところなのか、それとも、ヒューゴさんの力なのか……」


 アビゲイルが、口元を押さえながら考え込んでしまった。


「とにかく! 今は早くここから出て、ヒューの手当をいたしませんと!」

「はっは、そうじゃな」

「うむ」

「ええ」


 メルザの言葉に頷き、僕達はこの場を後にする……んだけど。


「え、ええと……」

「どうしました!? ひょっとして、どこか痛むのですか!?」

「い、いえ……」


 心配そうに焦って尋ねるメルザに、僕は口篭ってしまう。

 で、でも……まさか僕が、メルザにお姫様のように抱えられるなんて思ってもみなかったな……。


 あ、あはは……でも、これはこれであり(・・)かな。


 そう思いながら、僕達は洞窟を後にした。

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