術者
――コン、コン。
「し、失礼します……」
あれから僕とメルザは綺麗になった応接室で談笑していると、ノックをしてエレンがおずおずと入ってきた。
「お館様が帰宅なさいました、のですが……」
「……どうかしたのか?」
歯切れ悪くそう告げたエレンに、僕は訝し気に尋ねる。
「お館様から、メルトレーザ様との顔合わせは夕食の時に……それと、ヒューゴ様に執務室へ来るようにとのお言伝でございます」
「そうか、分かった。下がっていいよ」
「……失礼します」
エレンがそそくさと退室するのを見届けると。
「ヒュー……」
「はは……多分、ウッドストック大公家に上手く取り入ることができたかどうかの確認をしたいんだと思います」
心配そうに見つめるメルザに、僕は苦笑しながらそう答えた。
元々、僕は大公家を乗っ取る目的で身売りされた立場だ。なら、それが成功する見込みがあるか、あのグレンヴィル侯爵が確認をしてくるのは当然ともいえる。
「とにかく、すぐに戻ります」
「あ、少々お待ちください」
立ち上がって応接室を出ようとすると、メルザが呼び止め、僕の上着のポケットに紙片を一枚入れた。
「ええと……これは?」
「結界魔法陣を描いた紙です。これがあれば、あの程度の精神魔法なら受け付けません」
ああ、そうだったな。
あの連中に僕は洗脳されていたんだ。なら、再び精神魔法をかけたとしてもおかしくない。
特に、メルザから離れた時には。
「……メルザ、ありがとうございます」
「いえ……お気をつけて」
「はい……」
メルザに見送られ、今度こそ僕は応接室を出て本邸へと向かう。
すると。
「……ルイス」
「やあ、兄さん」
まるで待ち構えるかのように、ルイスが本邸の玄関の前で僕に話し掛けてきた。
「はは、アレがウッドストック大公の孫娘かあ……あんなに美人なら、この俺が大公家に身売りするんだったかな」
「……彼女は僕の婚約者になる女性だ」
コイツは何を言っているんだろうか。
本当に……いくら洗脳されていたからといえ、どうして僕はこんな奴にまで認めてほしいだなんて思ったんだろうか。
「……父上がお呼びなんだ。失礼する」
「…………………………」
これ以上コイツの相手をしている暇はない。
サッサとあの男の用件を済ませて、メルザのところに戻ろう。
本邸の中に入ると。
「ヒューゴ様、ご案内します」
執事長が出迎え、僕を執務室へと連れて行く。
――コン、コン。
「お館様、ヒューゴ様をお連れしました」
「入れ」
執事長が扉を開け、僕は中へと入る。
「それで……首尾は?」
机に向かって座る父……グレンヴィル侯爵は、僕を一瞥するなり単刀直入に聞いた。
「はい。おかげさまで、メルトレーザ嬢の好意を得ることに成功し、ウッドストック大公も僕を信頼している様子です」
「……そうか。その結果が、今回のメルトレーザ嬢の突然の訪問、というわけか」
グレンヴィル侯爵の言葉に、僕は無言で頷いた。
「ふむ……確かにウッドストック大公からも、速やかに正式な婚約を済ませたいとの申し出もある。それに加え、お前がウッドストック家に移り住むようにとの要望もな」
「…………………………」
「大公の要望どおり、一週間後に教会で両家による婚約式を執り行うこととする。そして、お前が大公家に移る際には、エレンを同行させよう」
「分かりました」
うん……グレンヴィル侯爵が大公殿下の申し出を受け入れることも、エレンが一緒に大公家に来ることも、予測していたことだ。問題ない。
「うむ。では、下がってよい」
「……失礼します」
恭しく一礼し、執務室を出る。
「ふう……」
扉に寄り掛かり、深く息を吐くと。
「ヒューゴ様、お疲れさまでした!」
笑顔のエレンが、僕を待ち構えていた。
「どうしたの?」
「いえ、私も本邸でたまたま用事がありましたので、一緒に離れに戻ろうかと思いまして」
へえ……僕と一緒に、ねえ……。
「いいよ、じゃあ行こうか」
「はい!」
エレンは嬉しそうに僕の隣に並び、一緒に本邸を出て離れの屋敷へと向かう。
その途中。
「ヒューゴ様……」
突然、エレンが僕にしなだれかかってきた。
「……これは、どういう意味だい?」
「いえ……ヒューゴ様がメルトレーザ様と結ばれるのは、本当に素晴らしいことなのですが……少し、寂しくなりまして……」
愁いを帯びた表情で、エレンが静かに告げる。
僕の背中を、ゆっくりと撫でながら。
「……父上からは、一週間後の婚約式を終えた後、ウッドストック大公家に入る際にはエレンも同行させると言っていた。後程、そのことについてエレンにも話があるだろう」
「! ほ、本当ですか!」
僕の正面に立ち、エレンは顔を上気させて嬉しそうにはにかむ。
「ああ。だからエレン、これからも頼むよ」
「はい!」
元気よく返事をすると、エレンは急に軽い足取りで歩き出した。
はは……前の人生でエレンが間者だということを知っていなかったら、ひょっとしたら僕は、彼女の演技に騙されて好きになっていたかもしれない。
ただ、そうか……。
僕に精神魔法をかけて洗脳していたのは、エレン……オマエだったんだな。
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