蛇使いと影縫い
「向こうはどうだ……?」
大公殿下とモニカ教授の戦闘を見届けた後、僕はもう一度メルザを確認すると……うん、状況はほとんど変わっていない……って。
「あ……」
メルザが僕のほうへと向いて、笑顔で手を振ってくれた。
その時。
「よそ見とは余裕ですね!」
隙を見つけたとばかりに、大道芸人の男がメルザへと襲い掛かる。
だけど……あの男は忘れてしまっているようだ。
メルザが人の悪意を見抜けることを。
「っ!?」
「ふふ、やっと来ましたか」
メルザは振り返り、待ってましたとばかりに口の端を持ち上げると、その右手を大道芸人へとかざした。
「逃がしません。【氷牙】」
すると、上下から挟み込むかのように巨大な氷の口が現れ、大道芸人目がけて一気にその口を閉じた。
――ガキンッッッ!
激しい音と共に口が閉じられ、大道芸人は噛み砕かれ……っ!?
「ふう……危うく餌食になってしまうところでした」
「……逃げ足だけは早いですね」
どうやったかは分からないが、大道芸人は噛み砕かれるその前に脱出し、先程までよりもメルザから距離を取ったみたいだ。
だけど、これで二人の戦いはまた膠着状態に入るだろう。
そんなことを考えていると。
「あは♪」
「何よコイツ! 気持ち悪い!」
執拗に追い回すアビゲイルと、ひたすら逃げ回るハニーブロンドの女。
その戦い方を見る限り、どうやらあの女は接近戦が得意じゃないみたいだ。
「この……っ! 離れなさいよ!」
女は両手をかざし、アビゲイルへと向けた。
「食らえ! 【ステノー】!」
そう唱えた瞬間、アビゲイルの足元から無数の蛇がまるで草のように生えてきて、彼女の足に絡みつく。
「あは♪ 離れなさい♪」
アビゲイルは、足元の蛇を両手に持つククリナイフで薙ぎ払う。
だけど、蛇の数はすさまじく、払っても払っても次々と襲い掛かり、彼女の足を這いながらその全身に噛みついていった。
「アハハ! 言っておくけど、その蛇に噛まれると、痺れてすぐに動けなくなるわ!」
ハニーブロンドの女は、アビゲイルを指差しながら高らかに嗤う。
「……あは♪」
確かにあの女の言うとおり、アビゲイルの動きが徐々に精彩を欠いていく。
薙ぎ払う動きも緩慢になり、蛇が次から次へと彼女の身体を覆っていった。
そして。
「やっと大人しくなったわね」
アビゲイルの全身は全て蛇に覆い尽くされ、一切動かなくなる。
……どうする? ここは彼女に加勢するべきか……?
そう考え、もう一度二人を見やるけど……。
「ははっ」
僕は思わず笑った。
そもそも、アビゲイルが自分の獲物を逃すなんてことはあり得ないし、僕が手出ししたら、それこそ逆に狙われかねない。
だって……“影縫いアビゲイル”という暗殺者は、そういう女性なのだから。
「さあて……じゃあ、最後はこの私がくびり殺してやるわ」
口の端を吊り上げ、無防備に近づくハニーブロンドの女。
その瞬間。
「っ!?」
「あは♪ 捕まえた♪」
大量の蛇の僅かな隙間からアビゲイルの瞳が妖しく光り、蛇を突き破って左腕が女の細い首を捕えた。
「ちょ!? 離しなさいよ!」
アビゲイルに向かって、女は何度も蹴りを入れる。
だけどアビゲイルは蛇に覆われていることもありびくともしない。
「あは♪ じゃあね♪」
「ア……カ……カハ……ッ!?」
突然、女が口から泡を噴き出し、白目を剥きながらアビゲイルの左腕を掻きむしり始めた。
どうやら、首を握り潰されているようだ。
しばらくその状態が続いていたけど、やがて女の手が動かなくなり、だらり、と下へ垂れ下がった。
それと同時に、アビゲイルにまとわりついていた蛇が一斉に消えた。
「アビゲイルさん!」
「あは♪ 大丈夫よ♪ この私に、毒は効かないわ♪」
そう言って、ニタア、と口の端を吊り上げるアビゲイル。
アビゲイルは、数々の毒に耐えられるよう、何年もの間、毎日少量の毒を飲み続けている。
そのおかげで毒に耐性ができ、彼女は毒を飲んだりしても、今では死ぬことはない。
たとえ、それがあのカンタレラであったとしても。
もちろんそのことは、一度目の人生で彼女の弟子だった僕も知っている。
とはいえ、大量の蛇に噛まれたら、いくらアビゲイルでもただで済むはずがないんだ。
本当に、僕の師匠は無茶をして……。
「……本当に、ヒューゴさんは不思議な方ですね」
普段の様子に戻ったアビゲイルが、僕を見て微笑みながらそう呟く。
彼女はそう言うけど、元弟子としては仕方ない。
僕は、苦笑しながらかぶりを振った後、再びメルザと大道芸人へと視線を向ける。
「はっは、残すはあと一人じゃの」
「大公殿下……はい」
隣に来た大公殿下に肩を叩かれて頷き、僕は対峙しているメルザを見守った。
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