グラン・グリモワール
「お待ちしておりました」
「「「「「っ!?」」」」」
地面に横たわる巨大な虎の魔物の上で、昨夜見た大道芸人が恭しく一礼した。
だけど、どうしてこの男がこんなところに……?
「アビゲイルさん……」
「あは♪ コイツ、暗殺者じゃないわ♪」
口の端を吊り上げながら、アビゲイルがそう答えた。
でも、その口調から察するに、アビゲイルはこの男が誰なのか知っているということか。
「では、何者なのですか?」
「あは♪ 決まっているわ♪ こんなところに一人でわざわざ私達の前に姿をさらしたんだもの♪」
「っ!? ま、まさか!?」
アビゲイルの言葉で気づいた僕は、大道芸人を見据えながらメルザを庇うように前に立って身構えた。
「ヒュ、ヒュー……」
「気をつけてください。あの男……サウセイル教授配下の、例の六人の一人です」
「おや? こんなすぐに言い当てられてしまうとは思いませんでした」
そう言うと、男は肩を竦めた。
「オマエの目的は……って、そんなこと聞くまでもないか。僕達がこの地下の転移魔法陣を探り当てたから、それを阻止しに来たってところかな?」
「さあ、どうでしょう?」
本当とも嘘とも取れるような曖昧な返事をする大道芸人。
なるほど……なかなか食えない男みたいだ。
「ふふ……あのようにおどけておりますが、ヒューの言葉であの男の敵意が強くなりました」
「あはは、さすがはメルザ。あの男がどう誤魔化そうとしても、結局あなたには敵いませんね」
うん、やっぱりメルザの能力はすごい。
確かに魔物の悪意に関しては感知できないけど、人間相手なら確実だ。
「じゃあついでに質問なんだけど、オマエ達がこの転移魔法陣を発動できないようにするためには、各部屋の泉の中にある石の扉を破壊すればいいのかな?」
「…………………………」
先程まで饒舌だった男だったけど、急に無言になった。
……ひょっとして。
僕はメルザの隣に寄り添うと、彼女の背中に指で文字を書く。
『唇の動きが読まれているか、小さな声を拾う能力がある』
と。
メルザは理解してくれたようで、僕を見て無言で頷いた。
だけど、あの男にメルザの能力の一部を知られてしまったのは僕達も迂闊だった。
とはいえ、まだ嘘を見抜く能力に関しては知られなかったのは救いだ。
それだけで、僕達の優位は変わらない。
「ヒューゴ君、どうする?」
「そうですね……せっかくですし、あの男を無視して他の三つの洞窟にある石の扉を破壊してしまいましょうか」
「……それを、この私がみすみすさせると思いますか?」
「ああ、思うね。大体、たった一人で僕達五人をどうやって止めるつもりだ?」
射殺すような視線を向けてくる男に、僕は煽るようにそう告げた。
すると。
「クク……」
「? 何がおかしい」
「決まっています。そもそも、どうして私が一人だとお思いなのでしょうか」
「何だと?」
僕が身を乗り出した、次の瞬間。
「「「「「っ!?」」」」」
男が羊皮紙を放り投げると、そこから五人の男女が現れた。
その中には、オルレアン王国で倒したはずのエタンや翼の少女、それに双子の姉妹の姿があった。
「なるほど……携帯用の転移魔法陣か」
「ご明察です」
奇しくも、ヘレンを除くあの時の五人と、六人の男女が対峙する格好となった。
だけど。
「それでいいのか? 少なくとも、そこにいるエタンと翼の少女、それに双子の姉妹については既に格付けは済んでいるはずだけど?」
「何言ってやがる! あんな寝込みを襲って殺しやがったのなんざ、無効に決まってんだろ!」
「「そうだそうだ! ルカ(リカ)も負けてないんだから!」」
「……本当、ムカツク」
倒された四人が、僕の言葉に心外だとばかりに一斉に口を開いた。
正直、もう一度戦っても負ける気なんて一切ないんだけど。
「なあにアンタ達、こんな弱そうな連中に負けたワケ?」
「ウルセー! 負けてねえって言ってんだろうが!」
ウエーブのかかったハニーブロンドの女性が、馬鹿にするような視線を向けながら悪態を吐いている。
全く……メルザと違い、品がないな。
「失礼。お見苦しいところをお見せしました。では、全員揃いましたので私達の自己紹介を」
そう言うと、大道芸人の男が恭しく一礼する。
「私達は“原初の魔女”シェリル=ダスピルクエット=サウセイル様にお仕えする、“グラン・グリモワール”の一人、“ルキフグス”の“ベルナール”です。どうぞお見知りおきを」
「フン、私は“サタナキア”の“マリオン”よ」
「……“アガリアレプト”の“ミシェル”」
「“フルーレティ”のルカ!」
「“サルガタナス”のリカ!」
「“ネビュロス”のエタンだ!」
六人が、横一線に並びながら名乗りを上げる。
その姿に、僕は少しだけイラっとした。
すると。
「興味ありません。【雷槍】」
「「「「「「っ!?」」」」」」
メルザは澄ました表情で雷の槍を六人に向けて放った。
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