僕の好み
「いらっしゃいませ……って、お二人共、どうしたんですか?」
店に入ると、奥からアビゲイルが笑顔で出迎えてくれたけど、僕達を見るなり不思議そうに尋ねる。
「すいません。少しご報告と依頼と、お聞きしたいことがありまして……」
「何というか、盛だくさんですね……では、こちらへどうぞ」
アビゲイルにいつものように店の奥に案内され、ソファーに腰かける。
「それで……依頼というのは?」
「ああ……ええと……」
僕は差し出されたお茶を口に含んでから、少し思案する。
とりあえず、先程の大道芸人については後回しにして、先に用件のほうを伝えることにしよう。
「実は、皇都地下でかなり巨大な洞窟を発見したんです。しかも、かなり昔に人工的に作られた洞窟が」
「……へえ」
眼鏡の奥から覗くアビゲイルの瞳が妖しく光る。
どうやら、彼女も興味を持ったみたいだ。
「さすがにサウセイル教授が作ったものではないにしろ、この洞窟に皇都を消失させるヒントがあると踏んでいます。そこで」
僕はここで一拍置き、アビゲイルの瞳を見据えると。
「アビゲイルさん、僕達と一緒に、洞窟探索をお願いしたいんです」
そう、静かに……だけど、はっきりと告げた。
「あは♪ 面白そうじゃない♪」
するとアビゲイルはニタア、と口の端を持ち上げる。
どうやら引き受けてくれるようだ。
「ですが、今回は残念ながら人間ではなく、魔物の相手が中心となってしまいますが……」
「あは♪ それで構わないわよ♪ それに、あの“深淵の魔女”が絡んでいるなら、また調理ができるし♪」
まあ、確かに彼女の言うとおりか。
それに、洞窟の秘密が分かれば、必然的にサウセイル教授とも対峙することになるだろうし。
「では、早速明日からよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
元に戻ったアビゲイルが、ニコリ、と微笑んだ。
さて、これで用件は終わり……「ヒュー、先程の件を聞きませんと」……おっと、そうだった。
「それと、ここに来る途中で大通りに大道芸人の男がいたんですが……」
「どうかしたんですか?」
「ええ……その男、暗殺術を芸として使用していました」
「なるほど……」
僕がそう告げると、アビゲイルはほんの少しだけ眉を動かしただけで、その後は特に表情も変えない。
「意外です。僕はてっきり、アビゲイルさんがもっと興味を示すかと思ったんですが」
「フフ、私も他の同業者のことをいちいち気にしていては、それこそ時間の無駄ですから。とはいえ、私の調理の邪魔をするというのなら話は別ですが」
そう言って、アビゲイルはクスリ、と微笑む。
ああ……そういえば彼女、基本的に自分の調理以外に関しては無頓着だったなあ……。
「でも」
「?」
「ヒューゴさんが気にされるというのであれば、私のほうでも念のため注意しておきます」
「ありがとうございます」
アビゲイルの言葉に、僕は軽く頭を下げた。
彼女が今言ったとおり、あの大道芸人が僕は気になっていた。
何より、この皇都にいるということは誰かを暗殺するということ。
しかも、サウセイル教授とオルレアン王国が皇都消失を企んでいる中で。
「……まあ、来たところで返り討ちにするだけなんだけど(ポツリ)」
「? ヒュー?」
「あ、ああいえ、何でもありません」
僕の顔を覗き込みながら不思議そうな顔をしているメルザに、僕は慌ててとう告げる。
ふう、独り言には気をつけないと。
「では、明日は朝から探索しますので、皇都の門のところで集合ということでお願いします。あ、そうそう、一応は金級冒険者の“アビー”さんということになっておりますので、そのつもりで」
「フフ、分かりました」
アビゲイルは微笑みながら、その豊満な胸元から金の冒険者プレートを取り出した。
それにしても、相変わらずあの胸は何でも収納するな……って!?
「…………………………」
……アビゲイルの胸元を見ていたものだから、メルザがものすごく拗ねてしまっている……。
「で、ではアビゲイルさん、これで失礼します」
「フフ。はい、お気をつけて」
僕はメルザの手を引いて足早に店を出ると。
「メルザ」
「あ……」
「前にも言いましたが、僕はアビゲイルのことは女性として何とも思っていませんし、胸元を見ていたのも、あくまで『なんでも収納するんだなあ……』くらいの軽い考えでしかありませんから」
「ふふ……分かりました」
僕の言葉が嘘じゃないことを読み取ったメルザが、打って変わって嬉しそうに頬を緩めた。
「そ、それに……僕は容姿も中身も、もちろん、その、胸も……全部メルザが好みですから……」
「あう!? も、もう……」
そう言うと、メルザは耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう。
僕も、言ってから余計なことを言い過ぎたと思うも、今さら取り消すのも変なので、少し熱いメルザの手を取りながら待っている馬車の元まで戻った。
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